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519 がっかり名所
しおりを挟む「小さいねえ」と次女玲花。
「ああ、本当に小さいな」と父雷牙。
「さすがは三大がっかり名所の一雄。期待を裏切らない不動のがっがり具合ですこと。ほほほ」と母深月。
弧斗一家が眺めていたのは札幌市時計台。
正式名称を旧札幌農学校演武場といい、明治十一年に竣工された時計台は国の重要文化財に指定されている。
北海道の札幌といえば時計台というぐらいに有名なシロモノ。
だが、実際に行ってみたらほぼ全員が同じ感想を抱くことであろう。
「小っさ、しょぼ」と。
だが、これは時計台が悪いわけではない。
時代の変遷にともなって周囲の環境が劇変したせいなのだ。
かつては最先端のギミック満載の建造物であったのだが、近代化にともなって都市開発がモーレツに進んで高層建築がバンバン建ったせいで、昔ながらの変わらぬ姿を保ち続けている時計台が小さく感じられるようになっただけのこと。
ちなみに残りの三大がっかり名所は、高知県のはりまや橋と長崎県のオランダ坂である。
片やお掘りを埋めたてられてしまい橋としての役割や威厳がすっかり損なわれ、片やただの石畳の坂道にて場所自体よりも歴史的背景こそが重要だったりするのだが、今日びの観光客は「映え」要素がないと見向きもしやしない。
◇
時計台の前で仲良く記念撮影をする弧斗一家。
そんな家族の様子を離れた物陰からじっとうかがっている二人の男たちがいた。
英円の手下であるサーバルキャットの兄弟である。
姉御より命令があれば、ただちに娘の方を襲う手筈になっており、こうやって四六時中張り付いては尾行している。
ずっとつけ回し観察していたおかげで、特に注意すべきは母トラの方だとすでにわかっている。
父トラの方は見た目こそおっかないがいろいろ抜けている。だが母トラはダメだ。おそろしく勘がいい。風上に立つのは論外にて、試しに飛ばしたわずかな殺気にも反応する。三十メートル以内に踏み込むのは危険。
だからつねにギリギリを保つ。母トラの察知圏外に身を潜めつつ、監視を続行中。
「兄ちゃん、兄ちゃん、ちょっと味噌ラーメンを食べてきていい?」
「あん、またかよ。おまえさっきスープカレーをたらふく喰ってきたばっかりだろうが」
「あれっぽっちじゃ腹の足しにならないよ。だってカレーは飲み物だもの」
「ちっ、しょうがねえな。十分だ。十分以内に戻って来い。もしもオレがここにいなかったら……」
「すぐに連絡を入れて追いつけばいいんでしょう。わかってるって」
痩せぎすの兄とちがって弟は巨漢のまんまる太っちょ。見た目通りに食欲も旺盛にて、彼にとっては北海道は食のパラダイス。とてもではないが我慢できない。
トロンは嬉々として最寄りのラーメン屋へと入っていく弟に苦笑いしながら、ふたたび視線を監視対象へと戻した。
◇
なんだかんだと文句を言いながらも時計台周辺をぶらついては、がっかり名所を堪能している弧斗一家。
しかししばらくするとさすがに飽きてきたらしく、そろって移動を開始。
その段になって弟のボーンが戻ってきた。
時間を確認すればジャスト十分。妙なところで几帳面さを発揮する弟に兄は目元を細めつつ、「間に合ったか。いくぞ」と声をかけ路地から表の通りへと歩き出そうとした矢先のこと。
「みぃーつけたっ!」
いきなり写真を手にしたちんちくりんのオカッパ頭の小娘から指をさされて、兄トロンはギョッとし、弟ボーンはきょとんとなる。
そうしている間にもターゲットはどんどんと遠ざかっていくではないか。
あわてて跡を追おうとするも、小娘がすかさず通せんぼをして路地から出られない。
これにはイラっとくるも声を荒げて騒ぎを起こせば、母トラに気づかれるかもしれない。
そこで腹立たしいのをぐっと堪えつつ兄トロンは、「お嬢ちゃん、お兄さんたちはいまお仕事中でとっても忙しいから邪魔しないでもらえるかな」とやや引きつった笑みにて大人の対応をする。
だがしかし、それへの返答は思いもよらないモノであった。
いきなり小娘の身が跳ねたかとおもったら、電光石火の回し蹴りが炸裂。
こめかみに直撃を受けそうになったところを、とっさに後退してかわした兄トロン。でもその背がすぐに肉の壁に当たる。相手はすぐうしろにいた弟のボーンだ。
「おい、何をぼんやり突っ立っていやがる、邪魔だ!」
怒鳴る兄に弟がおずおずと言った。
「だって兄ちゃん、こっちにも女の子が……」
出灰桔梗である。
不覚にも乙女二人に挟撃を受けたと悟り、ギリリと奥歯を噛む兄トロン。
「てめらっ、ただのガキじゃねえな。いったい何者だ!」
「わたしは正義の美少女探偵(助手)の洲本芽衣さまだ。そっちは臨時の助手の助手の出灰桔梗ちゃん。さぁ、卑劣外道な悪党どもめ。神妙に縛につけ」
「はん、正義の味方ごっこなら他所でやりな、ちんちくりんのクソガキが」
言うなり懐からアーミーナイフを抜く兄トロン。刃物を人に向けることに一切の躊躇がなく、本性をあらわとし剣呑な気配を身にまとう。
「そうだそうだ。それにこっちの黒髪の子はたしかにすごい美少女だけど、おまえはちがうじゃないか。ウソつきはドロボウの始まりなんだぞ。バーカ、バーカ」
弟ボーンは二人の乙女を見比べ率直な意見を口にしつつ、グローブのような大きな拳をボキボキと鳴らす。
なんだかんだで荒事に慣れているのか、たちまち臨戦態勢を整えたサーバルキャットの兄弟。
これと対峙するタヌキ娘とキツネ娘。
北海道は札幌市、時計台の近くの路地裏にて、人知れず戦いの気運が高まってゆく。
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