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539 犯人はお前だ!と助手は叫んだ。
しおりを挟む「犯人はお前だっ!」
唐突に芽衣が叫んだもので、全員がビクリと固まる。
えっ、追求や語りの場面もなく、いきなりクライマックスに突入?
まさか、何げない仕草などからすでに犯人の目星をつけていたのか?
だとすれば、とんでもない観察眼と推理力。
それこそ物語に登場する名探偵もかくやではないか!
だがしかし、うちのタヌキ娘にそんなすごい能力はない。
もしもあればいまごろ尾白探偵事務所の経営はウハウハにて、自社ビルのひとつも建っているはず。
すると案の定であった。
「ちっ、これでビビッて馬脚をあらわすかとおもったんだけど、ダメか……」
芽衣、舌打ち。
推理じゃなくて恫喝まじりのハッタリだった。
全員がジト目になり、おれは内心にて「ダメだこりゃ」と首をふるふる。
しかし自称・美少女な探偵助手はへこたれない。
「ふむ、手強い。ならばお次は事情聴取です。ひとりずつ、根ほり葉ほり聞き取り調査を行います。なおその際には自分の荷物を持ってくるように」
いきなり容疑者扱いの上に、荷検めまで。
「なんたる理不尽! たかが大福のために、どうしてそんなことをされなくちゃいけないんだ」
との抗議の声が当然ながらあがる。
しかし芽衣は「シャラップっ!」と一喝。「あらぁ、やましいことがなければ、応じられるはずですけどぉ」
拒否すればみずからの潔白を証明する機会を放棄し半ば自白したようなもの。二時間サスペンスドラマでだって任意の事情聴取を居丈高に拒む輩は、たいてい犯人。
そんな無茶な屁理屈を振りかざすタヌキ娘。
勢いにてみんなを煙に巻いては化かし、ついにはまんまと反論を封じ黙らせることに成功する。
かくして始まることになった事情聴取。
しようがないのでおれも付き合うことにしたのだが、これが、まぁ、なんというか……、いろいろとひどかった。
◇
個々の事情聴取についての詳細は割愛し、ざっくり得た情報の要点だけを羅列する。
事情聴取の一番手はイベントサークルの紅一点、姫ちゃん。
「大福? そんなモノ食べたら太っちゃうじゃないの! なんの努力もしないで体形が維持できるのはやたらと新陳代謝がいい中学生ぐらいまでなのよ。女子大生ってば好き勝手にやっているようにみえて、じつはみんな裏で頑張ってるんだから。美の道は一日してならず! 千里の道も一歩から、なの。ねえ、それよりも尾白さん、ルクレツィア・ギアハートってどんな人だった? やっぱり格好よかった? いいニオイした? 連絡先交換したの? 本当のところお二人の関係は? ねえねえねえ」
秘密の手術室やら、ホラーテイストな現状への恐怖もどこへやら。
姫ちゃんの興味は俄然、世界的トップモデルに集まっており、それ以外は心底どうでもいいといった感じ。
それどころか「あのギアハートがちょっかいを出した男か……」なんぞと意味深な発言をしつつ、舌なめずりにて妖しい視線を向けてくる。
おれはゾクリ、貞操の危機を覚えて二歩ほど後ずさり距離を置く。
なお荷検めでは、特筆すべきモノは何もでず。
事情聴取の二番手はイベントサークルの男性Aくん。
「いや、ボクはずっと姫ちゃんといっしょに行動していたから。台所には一度も立ち入ってないよ」
この証言の裏付けは、続けて話を聞いた男性Bくんによって立証された。
姫ちゃんとAとBは三人一組にて探索を行っていたし、状況的にも時間的にも犯行はムズカシイ。
だから彼らはシロと見なしていいだろう。
しかし荷検めにて、ちょいと気になる品が発見される。
それは手紙。差出人は姫ちゃんにて、中には甘ったるい言葉が並んでいる。いわゆるラブレターというやつ。
べつに若い男女のことだ。サークル内にて色恋があっても不思議じゃない。それもまた青春。
でもどうしてAとBが持っているラブレターの便箋やら内容がまったく同じなのだろうか?
何やらイヤな予感を覚えつつ、とりあえず調査を続行。
事情聴取の四番手から七番手は、イベントサークルの男性CDEFたち。
どいつもこいつもみるからに挙動不審にて、ちょいと小突いてみれば異口同音にて。
「「「「すみません。じつはボク、姫ちゃんと交際しているんです。でも彼女がサークルの雰囲気が悪くなるから、みんなには内緒にしていようねって」」」」
とどのつまり、彼らは姫ちゃんに群がりわちゃわちゃしつつも、内心ではずっと「自分こそが本命。くくく、そんなこととは露知らず、哀れな野郎どもだ」とお互いを嘲笑い優越感に浸っていたのである。
先のラブレターの件からしても、この分ではたぶんAとBもとっくに喰われているだろうから、真実は脅威の六股ということになる。
「なんてこったい! 毎日男をとっかえひっかえ。あと一人で一週間コンプリート?」
タヌキ娘、進んでいるどころかモロモロをぶっちぎって爆走しているトレンディな女子大生のお姉さんに驚愕しおののく。
ドロドロどころではない。とっく危険域に突入している大学生グループ。
いつ刃傷沙汰が起きてもおかしくない状況に、探偵は眉間を指でグリグリしながら「かんべんしてくれ。ただでさえややこしいのに」と深いタメ息をつかずにはいられない。
なお荷検めではとくに不審な物は発見されなかった。
この時点で、大福消失事件なんてもうどうでもよくなっていたけれども、せっかくだからと最後に老夫婦の事情聴取も行う。
で、あっさり「すみません」とペコリと頭を下げて自白をしたのは奥さんの方。
「ひとつだけポツンとお皿に残されてあるのを見かけて、つい」
旦那さんも自供し「山歩きで疲れていたせいか、無性に甘いものが恋しくなってしまい、我慢しきれずに妻と分けて食べてしまいました。お騒がせして本当に申し訳ありませんでした」と謝罪する。
ここで話が終われば「なぁんだ、そうだったんだぁ、あっはっはっ」と笑い話ですんだのだが、そうは問屋が卸さない。
「えっ、ひとつだけ? 大福は五個あったはずだけど」
「さぁ、私どもが見つけたときには一つきりでしたけど」
「はい、たしかに一つだけでした」
ひとつは老夫婦の胃袋に収まった。
では残り四つの大福は何処へ?
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