おじろよんぱく、何者?

月芝

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542 今日のしらたきさん

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 かつて外道どもが所有する一台のワゴン車があった。
 どれくらいの外道どもであったのかというと、夜な夜なこのクルマを使っては婦女子に不埒な悪行三昧を繰り返すような連中。
 もっとも外道どもはのちにきちんと己が身をもって犯した罪の清算をするハメになったのだが、だからとて「めでたしめでたし」とすべてが水に流されるわけではない。

 積もりに積もって凝り固まった女たちに怨念。
 行き場のない恨みつらみ。
 負の感情が寄り集まって形となったのが、怪異・白い腕である。

 顕現した怪異は産声をあげたワゴン車にとり憑く。
 これによってワゴン車は、おそらくは世界発であろうオカルト自動運転システムを確立。居眠りしてても勝手にハンドルを操作してくれるから、超楽ちん!
 これはとっても画期的なこと。
 革新と言っても過言ではあるまい。
 けれどもまだ機械的な自動運転システムすらもが構想段階であった時代。
 オカルト自動運転システムはあまりにも先進が過ぎ、世間にはまったく受け入れられなかった。

 しばしいわくつきのクルマとして、倉庫の片隅で不遇の時を過ごすことになるワゴン車。
 そんなクルマをふたたび日の下へと連れ出したのは、高月警察署に勤務する女刑事・安倍野京香。
 カラスが化けた女にて、札つきのワイルド刑事。

「そんなところでウジウジしているから、いつまでたっても成仏できないんだよ。私についてきな。存分に暴れさせてやるぜ」

 安倍野京香の言葉に偽りはなかった。
 とある事件現場に猛スピードで突入したかとおもったら、体当たりしまくりで悪党どもを跳ねまくり、銃撃しまくり、ドリフトしまくり、そこかしこにクルマぶつけまくり、とハリウッド映画さながらの過激なアクションシーンの数々が展開される。
 かくして事件は無事に解決するも、あいにくと怪異・白い腕は成仏をするどころか逆に存在がより顕如となり、確定されてしまう。
 だというのに憑いているワゴン車はすっかりボコボコになってしまい、廃車にされることになってしまった。

 家なき子になってしまった怪異・白い腕は困った。
 だが捨てる神あれば拾う神あり。
 何やらとり憑きやすそうな男がすぐそばにいた。
 高月の地にて探偵業を営んでいる尾白四伯。隙だらけのゆるゆるにて、怪異・白い腕はなんとなく「あー、この人だったら受け入れてくれそう」との直感が働く。
 はたしてその勘は正しかった。
 ふつう洗面所の鏡をみて、自分の体に白い腕が抱きついていたら絶叫するなり卒倒するなりする。
 しかし尾白四伯という男は、さも何でもないことのように「なんだかやたらと肩が凝りやがるなぁ」とか「わかった。おまえさんの気のすむまで居たらいいさ」とか「ただし、ちゃんと働いてもらうからな」なんぞと言っては、じつにあっさりと怪異・白い腕を受け入れてしまった。
 そればかりか「白滝さん」と命名し、尾白探偵事務所の第二助手に任命する。

 存在を認め、名を与え、立場や仕事までも割り振る。
 これにより存在がより明確、固定化し、完全に確立されることになった怪異・白い腕。
 以降、白滝さんとしてシレっと尾白たちの日常に溶け込んでいく。

  ◇

 白滝さんの朝は早い。
 というか彼女は寝ない。睡眠を必要としない。二十四時間、三百六十五日戦える。
 怪異だからってべつにお日さまの光が苦手というわけでもない。そりゃあ夜の闇の方が動きやすいけど、昼間もわりかし元気に動ける。
 どうしてなのかは自分でもよくわからない。
 きっとそういうものなのだろう。
 マジメに考えるだけムダである。なにせ怪異なのだから。

 探偵事務所の天井からだらりと垂れさがる白い二本の腕。
 白滝さんが事務所に顔ならぬ手を出すなり、まずやるのはようやく導入されたパソコンの電源を入れること。
 ポチっとスイッチを押すなりウイーンと響く低いモーター音。
 最初に画面に表示されるのはメーカーのロゴ。
 が、ここからは少し時間がかかる。
 若干イラっとする遅い立ち上がりなのは、このパソコンが二世代ほど前の型落ち中古品だから。そのせいで動作はかなりもっさりしている。
 事務処理や依頼人とのメールのやりとりなどは問題ないけれども、ネットで動画とかを視聴するのはややキツイ。えっ、ゲーム? 論外である。

 システムが起動するまでの間、ぼんやり待ってなんぞはいない。
 窓を開けて室内の淀んだ空気を換気しつつ、灰皿やゴミ箱の中身をせっせと回収しては、市指定のゴミ袋にまとめる。
 そうしている間にようやくのそりと立ち上がったパソコン。
 白滝さんはさっそくメールをチェックして、依頼の有無を確かめる。

 パソコン画面に向かい、表計算ソフトを開いてはカチャカチャカチャ。
 キーボードをブラインドタッチしているうちに、早や窓の外の気配が賑やかになりつつあった。いよいよ街が本格的に動き出す時刻。白滝さんは作業を終了し、あわてて天井へと引っ込む。
 続けて向かったのは、雑居ビル一階にある集合ポスト。
 周囲を警戒し、誰の目もないことを確認してから、素早くポストに差し込まれた朝刊を回収する。
 尾白や彼に近しい人たちは平然と受け入れているが、世間的には稀な存在であるとの自覚がある白滝さんは、それなりに周囲に気をつけている。

 朝刊を回収し、ふたたび事務所に戻った白滝さんは給湯室兼台所へと。お次は湯を沸かしがてら朝食の準備を始める。
 雇用主ならぬ憑き主の尾白は、基本だらしない。
 自堕落とまでは言わないが、ものぐさなところがあり、朝ごはんをコーヒーとタバコのみですませたりする。
 探偵という職業柄、一度、依頼に取りかかると昼夜が逆転し、中長期的に不規則な生活を強いられることもしばしば。だというのに、これでは身体がもたない。
 憑き主に倒れられては困るので、気がつけば白滝さんはなにくれとなく尾白の世話を焼くようになっていた。


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