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557 強襲作戦・下
しおりを挟む六号室にてタエちゃんが大立ち回りを演じていた同時刻。
隣の五号室でも戦いが始まっていた。
こちらは居住スペースとして活用されているらしく、従来のマンションの一室の雰囲気そのまま。ただしインテリアがかなりいただけない。
暗い色味の厚い遮光カーテン、ごつい木製のデスク、社長や政治家がふんぞり返るのに適している大きなイス、黒革張りのソファーセット、卓上にはごつごつしたガラスの灰皿、壁にはシカの首の剥製、床にはトラ柄の敷物……は、たぶんフェイクの毛皮。色艶にまるで品がない。一見にてどこかチープな印象を受けるからきっと贋物。挙句の果てには床の間っぽい場所に、白鞘の日本刀ときたもんだ。
まんま、ひと昔前の組事務所である。いっそのこと雀卓があれば完璧なのに。
「ダサっ。いまどきこれはないわー。センスの欠片も見受けれない。せっかくのお洒落なマンションが台無し。ここに住むぐらいなら、わたしだったら事故物件にて幽霊と同棲する」
今どきの女子高生であるタヌキ娘の芽衣は室内の様子を酷評。
一方で、いきなり踏み込んできたちんまい小娘からボロクソにけなされた側は、みなキョトンとして目が点になっていた。その数、五名。
「おいおい、なんだい嬢ちゃん? 迷子かい? どこの家の子か知らんが、勝手に他所さまのところにあがり込んじゃあいけねえよ」
五人の中でいっとうガラの悪そうな男が、見た目によらず真っ当なことを口走る。
すると芽衣は男の方を向いて言った。
「それもたしかにイケないことだけど、他人さまを騙してお金を巻きあげることもダメだよね」
とたんに男たちの雰囲気がガラリと変わり、剣呑な気配を漂わせる。
大きなイスにてふんぞり返っていた体格のいい男が目配せするなり、一人が静々と壁際を移動し、廊下へと通じる扉の前に立ち退路を断つ。
他二人がガラの悪そうな男とともに、芽衣を囲みじりじりと距離を縮めていく。
男たちにしてみれば、ちょいと締めあげて誰からここの秘密を聞き出したのかを白状させようとの魂胆であったのであろうが、いかんせん相手が悪かった。
股間に爆弾を落されたかのような衝撃を受けて、ガラの悪い男が崩れ落ちたのを皮切りに、左右からせまっていた二人をも瞬く間にぶちのした芽衣。
背後から襲いかかってきた相手をひらりとかわし「ほわたーっ!」
気合い一閃、悪種を根絶し、未来への禍根を断つ。
「あんたたちの男としての人生は今日終わる。明日からは心身ともに、生まれ変わったつもりで精進するといいよ」
泡を吹いて白目をむいている男どもを見下ろす芽衣。
その視界の隅では、残された体格のいい男が白鞘に手をのばしているところであった。
刃を抜き放ち「ふざけやがって! なんなんだおまえはっ。ぶっ殺してやる」とお定まりの台詞を吐く悪漢。
これに芽衣は肩をすくめて「やれやれ」と嘆息。
「他人を騙すときにはペラペラとよく回る舌のくせして、なんたるチープさ。もう少し気の利いた台詞を並べないと、女の子に見向きもされませんよ」
芽衣の挑発に乗った男は怒声をあげながら踊りかかってくる。
が、その刃が振り下ろされることはなかった。
高らかに振り上げた刀にて一刀両断と目論んだのであろうが、室内でそんなマネをすれば当然ながら、天井や壁が邪魔をする。
剣の切っ先が天井の梁部分の出っ張りに当たって、ガッ!
怒りにまかせて渾身のチカラで振るったもので、刃がめり込んでしまい抜けない。
「ぐっ、この」
ムキになって刀を引っこ抜こうともがく男。
彼のもとへスタスタと近寄った芽衣。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き」
モキュッっとすみやかに五名の悪漢どもの去勢を完了したところで、室内をキョロキョロ物色するタヌキ娘。部屋の隅にある大きな金庫を見つけてニンマリするも、「おや、主犯格がいない。こっちはハズレだったかな」とつぶやいた。
◇
非常階段の十二階踊り場にて、おれが柵にもたれかかり、のんびりタバコをふかしていると、ガチャガチャとドアノブが回った。
非常口から姿をみせたのはシルバーのアタッシュケースを持ったイケメン。
あわててケースだけ持って逃げ出してきたとおぼしき男は、詐欺グループの主犯格である慈景信彦。
芽衣たちの襲撃のどさくさに紛れて、ひとり脱出してきたよう。
この手の悪党はとにかくしぶといのだ。それこそゴキブリ並みにあがく。あと妙に運がよかったりもする。だから万が一を考えて張り込んでおいて正解であった。
「はい、お疲れさん。どうせ逃げられないんだから、痛い目をみるなんてバカらしいだろう? 素直におとなしくしてくれると助かるんだけど」
ふぅと煙を吐きおれは投降を勧める。
親切心からの申し出であったのだが、それへの返答として慈景信彦が取り出したのは一丁の拳銃であった。震える銃口を向けて「そこをどけ、おっさん」と凄む。
これにはおれもつい深いタメ息が零れてしまう。
「やめておけって。ビビッて震えているじゃねえか。慣れないオモチャなんぞ、怪我をする前にとっとと捨てちまえよ」
「うっ、うるさい。バカにするな。俺は本気だぞ。早くどけ、さもないと」
興奮のあまり血走った目にて、ぐいと銃口を突きつけて距離を詰めてくる慈景信彦を前にして、おれはゆっくりと後ずさり、一段一段、階段を降りてゆく。
その動作に引きずられるようにして歩き出した慈景信彦ではあったが、ガクガク笑っている膝に、すっかりおぼつかない足下、「なにやら危なっかしいなぁ」とおれが心配していたら案の定であった。
ずるりと階段で足を滑らせ「あっ!」
盛大に尻もちをついたひょうしに引き金にかけていた指先が動き、バンっと一発。
発生した跳弾がその場にてキンコンカンと大暴れ。
向かってきた弾を腕を部分化けさせたチタン合金の盾でしのぎ、どうにかやり過ごすことしばし。
ようやく静かになったとき、慈景信彦は目をまわして倒れていた。股間が濡れていること以外には怪我はなさそう。ふむ。やはり悪運が強い。
でもって、弾はヤツが所持していたアタッシュケースにめり込んで止まっていた。
ケースの中身は、複数の他人名義の通帳やら印鑑やらスマートフォン、クレジットカードに札束などなど。
「おっ、ラッキー。いちいち家探しをする手間がはぶけたな。依頼人から頼まれた分はここから回収するとしよう」
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