おじろよんぱく、何者?

月芝

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573 白の居ぬ間に

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 七宝院グランモールの屋上にある空中庭園。そこの奥にひっそりと佇むガラス張りの建物は植物園。
 煌々と明かりが灯る内部には色とりどりの花々が咲き乱れており、美しい蝶たちが舞い踊り、まるで常世の春のよう。
 そんな場所に設置されたテーブルセットにて、お茶を楽しんでいたのは三人の鬼たち。

 今回のピンポン奪取大会の主催者でもある青鬼の長、萩野露草。
 協賛しているだけでなく、当グランモールに出店をしている黄鬼の長、猩々木花駒。
 片や金融業界を牛耳り、片やファッション業界を牽引しては文化や流行を発信し自在に操る。
 各々がその筋では知られた、泣く子も黙る女傑たち。
 それらを前にして平然とカップを傾けては、香り高いブラックコーヒーを味わっていたのは中堅サラリーマン風の男性、黒鬼の錫城すずしろである。

  ◇

 鬼は、白を頂点とし黒赤青緑黄の六つの種族にて成り立っている。
 しかし種族といっても、白と黒は単一個体のみ。
 白は絶対の存在。
 例えるならば夜空に浮かぶ月、あるいは燦然と輝く太陽。
 そこにあるのが当たり前であり、疑念を抱く意味がないし、考える必要もない。
 鬼たちにとっては神にも等しい御方。その御名を七宝院白瑠璃しちほういんしらるりという。
 彼女は「君臨すれども統治はせず」を掲げており、基本的には鬼たちの好きにやらせている。
 そんな七宝院白瑠璃の補佐兼警護役なのが、黒鬼の錫城。
 見た目はどこにでもいそうな地味な中年男性ではあるが、鬼族最強の戦士であり、また監査役でもある。
 調子にのってハメをはずしすぎる同胞がいれば、たちまち懲らしめ、ときには存在そのものを抹消することもあるがゆえに、裏では処刑人とも呼ばれ恐れられている。

  ◇

 錫城はつねに主人のかたわらにはべっている。
 ゆえに一族を預かる女長といえども、いまのように差し向いでお茶を楽しむような機会はそうそうなく、加えて無口な性質の男ゆえに、どうしても会話は盛りあがらない。
 すっかり手持ち無沙汰となった萩野露草は、テーブル脇に置かれてある大型モニターに映し出されている館内各階の様子をぼんやり眺め、猩々木花駒は趣味のひとつであるフェルト手芸に勤しんでいる。

 気まずい雰囲気の中、テーブルにそっとカップを戻した錫城が言った。

「桜花殿は所用にてやむを得ず欠席するとの連絡があったが、朱鷺草殿はどうした?」

 錫城に桜花殿と呼ばれたのは、赤鬼の長である桜花朱魅。
 業界最大手の探偵事務所を全国展開しており、その情報網は各業界の津々浦々にまでのび、社会の裏と表を知り尽くしている。政財界に多大な影響力を持つ女傑。
 桜花朱魅は人が持つ才能の輝きにことのほか興味を示しており、手当たり次第に囲おうとすることから、人材コレクターの異名を持つ。

 朱鷺草殿と呼ばれたのは、緑鬼の長である朱鷺草翠玉ときそうすいぎょくのこと。
 国内外の著名人らを多数顧客に抱える朱鷺草ジュエリーの総支配人にして、無類の鉱物好きでもある。そんな朱鷺草翠玉は自他ともに認める出不精のものぐさ女。会社の経営は部下にほぼ丸投げ。種族の会合にもろくすっぽ顔を出さない。ただ、日がな一日を大好きな宝石を眺めて、ゴロゴロと過ごしたいだけの人。
 そのシワ寄せがすべて副長へと押し寄せていたことが発端となり、かつて叛乱が起こりかけたというのに、あいもかわらずの困ったさん。

 萩野露草が呆れ顔にて「あれはもう病気だね。たぶん死ぬまで治らないとおもうよ」と肩をすくめ、猩々木花駒もウンウンとうなづいている。
 これには「やれやれ」と錫城は首を振りながら「御方さまが何も言わないからとて、いささか弛み過ぎだな。一度、灸を据えてやる必要があるか」とぼそり。
 不穏なつぶやきを耳にして二人はビクっと肩を震わせる。
 いったいどのような灸が据えられるのかと、戦々恐々となる萩野露草と猩々木花駒。
 けれども当の錫城は素知らぬ顔にて、その視線は大型モニターへと注がれていた。
 彼が見つめる先では三階の映像が映し出されている。画面の中には、三つ編みの娘と手を繋ぎ連れだって歩く幼女の姿がある。

「あの者が今回の儀に選ばれた娘か。はてさて、賽の目がどう転がることやら。前回の二の舞にならねばよいのだが」


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