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585 古井戸
しおりを挟む高月市内某所、住宅地のど真ん中にある築五十年の木造一戸建て。
「近頃、住人の姿をみてないんだけど」
「なにやら家の中からヘンなニオイがする」
「あのゴミ屋敷、いい加減になんとかしてちょうだい!」
なんぞという通報が高月警察署に寄せられること多々。
で、パトロールがてら交番のお巡りさんが、「藤枝さーん、藤枝のおじいちゃーん、お留守ですかぁ?」と声をかけてみたのだが、応答はなし。
インターフォンはとっくに壊れており、いくら押してもうんともすんともいわない。
「うーん、ヘンなニオイって、そりゃあこれだけ溜め込んでれば、ねえ」
家の敷地内にはどこぞで拾ってきたであろうゴミ袋がいっぱいにて、足の踏み場もないぐらい。
それをかき分けかき分け、どうにか玄関扉にまで辿り着いたお巡りさん。
「ったく、こんな立派な家があるのに、どうして台無しにするのかねえ。こちとらマジメにコツコツ働いても、マイホームなんて夢のまた夢だってのに」
ぶつくさ言いながら玄関のドアノブに手をかけると、ガチャリとあっさり開く。
「いくらゴミ屋敷でも不用心だなぁ。藤枝さん、本当にいらっしゃらないんですかー」
扉の奥をのぞき込むお巡りさん。
だが、すぐに「うわっ!」と驚きのけぞることになる。
家の中もけっこうびっちりゴミにて埋め尽くされていたのだが、その奥に半分白骨化している遺体を発見したからである。
◇
何台ものパトカーが家の前に停車しており、鑑識の人間たちがゴミと格闘しながらも現場を調べている。
それを横目にくわえタバコなのは、全身黒づくめの女刑事、カラス女こと安倍野京香である。
これにギョッとなったのが鑑識主任。
「ちょ、ちょっと安倍野さん、こんなところでタバコなんて吸わんでください。うっかりゴミに引火したら、たちまち大惨事になるじゃありませんか」
当然の注意である。だというのに当のカラス女は「べつにかまわねえだろう。いっそのこと全部、燃えちまったらスッキリするってもんだ」とにへら。
「冗談じゃない!」
ぷりぷり怒る鑑識主任をしばしからかっていたカラス女、急に真顔となって問う。
「で、事件性は?」
急にお仕事モードになった女刑事に戸惑いつつも、コホンと軽く咳をしてから鑑識主任は見解を述べる。
「あー、詳しいことは解剖してからになるけど、おそらくない。病死じゃないかな」
「そうか。しかしゴミの中で孤独死とはねえ。『こんな死に方は絶対にイヤだ』アンケートをとったら、上位ランクインまちがいなしの、クソったれな死にざまだな」
「なんですか、その悪趣味なアンケート……。とはいえ同感ですけど。人生の最期がコレって、あんまりにもほどがある」
「だろう? 後始末もたいへんそうだし。やっぱり断捨離って大事だよな。私もそろそろベランダに溜めこんだビールの空き缶を処分しておかないと」
「………片付けられない女」
「あん? いま何か言ったか」
「いえ、べつに……」
◇
鑑識の連中が引きあげ作業をしているとき、表にいた安倍野京香は気まぐれにぐるりと敷地内をひと回り。
すると家の裏手にて不自然な盛り上がりを発見する。
まるでクマが冬眠につかう洞穴の山のようにこんもり。
「ははは、さすがに街中でクマの冬眠でもあるまいに」
苦笑しつつ、女刑事は積まれたゴミ袋を乱雑に取り除きはじめた。
刑事としての勘……というよりも、動物としての勘が「この下に何かある」と告げていたから。
額に汗をかきかき、ようやく発掘されたのはコンクリートの蓋で封がされた古井戸。
ほんの少し前までは、わりと自宅の裏庭なんぞに井戸をかまえているところが多かったものだが、それも水道の充実化によりすっかり見かけなくなった。
「へー、懐かしい。……うん? これって」
何げなく井戸の表面を眺めていた安倍野京香、コンクリートの蓋が動かされた痕跡を発見する。
「キズがまだ新しい。家主の遺体の状態からして死ぬ直前に開閉したか。だが何のために?」
疑問を抱いた安倍野京香はすぐに鑑識を呼ぼうとするも、そのときにはすでにみな引きあげ作業を完了し、クルマに乗り込んだところであった。
ブロロロと走り去る警察車両。
「少し遅かったか。さて、どうしたものやら」
女刑事は思案顔にてちびたタバコを踏み消し、新しいタバコに火をつけた。
◇
その日の深夜のことである。
藤枝宅の裏手にてガサゴソしている男女の姿があった。
「寝入りばなにいきなり呼びつけたと思ったら、これかよ! 毎度毎度、マジでいい加減にしてくれ! しまいには訴えるぞっ」
「ぎゃんぎゃんわめくな、四伯。どうしてわざわざこんな時間におまえを呼び出したと思ってるんだ。私の勘がビンビンに告げてるんだよ。この中にはきっとお宝が眠ってるってな。ここの家主である藤枝友蔵、家はこんなありさまだが、調べてみたらじつはけっこうな資産家なんだよ。そのわりに家の中には金目のモノがひとつもなかった。あまりにも不自然なくらいにな。で、私はピンときたわけさ」
「はっ! まさか……」
「そのまさかさ。どうせあの世には持っていけないんだから、だったらこっちで有益に使ってやろうと思ってね」
カラス女がにちゃりと口角を歪める。
そういえばコイツはこういうヤツであった。
ガサ入れ現場から銃や弾をくすねたり、押収車両でドライブしたり、ファイトクラブの上前をはねたり、弱味を握っては相手にお願いをしたり、ちょっかいを出してくる輩には容赦なく膝蹴りをかましたり、バンバン発砲したり。
わりとやりたい放題の不良刑事。
おれはそのことを思い出し、ハァとため息。
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