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588 出荷先
しおりを挟むワゴン車の冷たい床に転がされながら、耳をそばだてて外の様子をうかがっていると、どうやら連中はせっせと井戸の底から荷物を運び出しては、トラックに積み込んでいるようである。
そのことからして「藤枝の爺さんのお仲間かな?」とおれが首をかしげるも、カラス女は「どうだろう」と首をひねる。「お仲間も何も、黄桜の会はとっくに消滅しているだろうに」
拘束される際に接したかぎりでは、黒づくめの連中はさほど歳を喰っていない。三十か四十代前半といったところであろう。
黄桜の会の残党にしてはあまりにも若すぎる。
だとすれば、旧メンバーの誰かの息がかかった者たちなのか、あるいは密かに地下で組織が生き残り続けており、いまも活動しているとか。
ヒソヒソ話にてあれこれと憶測を口にするおれとカラス女。
が、とりあえず意見が一致したのは「このままじゃ、マズくね?」ということ。
深夜に押しかけて、こっそりブツを回収しようとしたら、現場にいた男と女。
「見られたからにはしようがねえ。あんちゃん、嬢ちゃん、運がなかったな。だがこちらも鬼じゃない。だから選ばせてやろう。山と海、どっちがいい?」
とかなんとか言われて、ドラム缶にコンクリート詰めされて出荷されかねん。
そこでまずはおれが化け術を使い拘束を解き、カラス女も解放し隙をみて……。
という妥当な脱出プランをご提案したのだが、不良刑事は首を横にふって、にへら。
「いや、せっかくだからこのまま真夜中のドライブと洒落こもう。連中のアジトまで案内してもらうんだ。ひょっとしたら黒幕の面も拝めるかもしれん」
そして悪党どもをまとめて成敗してくれん!
なんぞというつもりはカラス女に毛頭ない。相手の出方次第によっては、ゆすりたかりのネタに……。
コホン、コホン、ちがった。
事情をたずね、場合によっては相談に乗るという、交渉を試みてからでもボコるのは遅くないとの算段。
「もしも黄桜の会の復興とか、バカげたことを本気で掲げているようなイカれた連中だったら、ボコってシメる。たんに過去の清算目的とかであったのならば、金額次第で見ないフリということで」
今宵、手に入れ損ねたお宝の分を、他所から徴収しようと目論むカラス女。
転んでもたたでは起きないといえば聞こえがいいが、なんて性質の悪い! がめついのにもほどがある!
「なぁ、前から気になってたんだが、そんなに金を集めていったい何に使っているんだよ?」
あちこちからせっせとかき集めているわりには、安倍野京香という女の生活は比較的地味だ。
いや、やることなすこと調子っぱずれにて「炎上? 上等だ、かかってこいや!」とバンバン銃撃戦も辞さずのスタイルにて終始ド派手なのだが、こと金遣いという点に関してはという意味にて。
化粧品やらブランド品を買い漁るでなし、美食に舌鼓を打つでなし、海外旅行を楽しむでなし。
彼女がしている贅沢といえば、ビールとタバコを箱買いしているぐらいしか、おれには心当たりがない。
だからいい機会なのでたずねてみるも、カラス女はそっぽを向いて「女にはいろいろあるんだよ。おかげで手元にはスズメの涙程度にしか残りやしない」
その「いろいろ」のところが非常に気になるところ。だが、なおも追求しようとした矢先のことである。
黒づくめの男たちが乗り込んできて、黒のワゴン車が走り出したもので、おれたちは口をつぐんだ。
◇
どこをどう走ったのやら。
最寄りのインターから高速道路に乗ったのはわかったが、一時間ほどで降りたとおもったら、今度はやたらと右へ左へとゆるやかなカーブが続く。山奥へと進んでいるっぽい。
曲がるたびに胃のあたりがぐいんと引っ張られるような感覚となり、おれはちょっと気分が悪くなった。うぷっ。
だというのに繊細なおれとはちがい、カラス女はすぅすぅ寝息を立てているではないか。信じられん。こんな状況下でぐーすか寝れるだなんて、どんだけ神経が図太い女なんだ。鋼なのか? こいつの神経は鋼で出来ているのか?
なんぞと、おれが内心で呆れているうちに、クルマがようやく止まった。
後部扉がバンと開き、おれは目を覚ましたカラス女ともども引っ立てられる。
そこは山奥の採石場であった。
看板をみれば「宗像グループ・第三採石加工場」とある。
「宗像グループっていえば、運送会社をいくつも参加に持つところだったよな」とおれ。
「ゼネコンの下請けみたいな仕事もしていたとは知らなかった。ずいぶんと手広くやっているもんだ」とは安倍野京香。
看板を見上げ二人して立ち止まっていると、うしろから黒づくめの男のひとりに小突かれ「モタモタするな。とっとと歩け」と命じられた。
向かった先は敷地内の奥の奥、岩壁にぽっかりと口を開けている坑道らしき場所であった。藤枝宅にて回収された品もせっせとそこに運び込まれていく。
フム。この分ではどうやら選択の余地はなく、出荷先は山になりそうである。
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