おじろよんぱく、何者?

月芝

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596 解放する者

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 落ちた墨汁の雫が半紙にてにじんでぼやける。
 そんな印象を見る者に与える男が、マンモス母子の氷漬けを一瞥し、ぼそりと文句だけを言い残して去っていく。
 するとまたしても不思議なことが起こる。
 展示会場に詰めかけている大勢の見物客ら。それらが男に道を譲っている。ただし意識しての行動というよりかは、モノが飛んできたからつい反射で避けるかのような動き。譲るというよりも避けるというのが妥当か。
 聴衆の海が割れる。
 あらわれたひと筋の道を悠然と歩く男。
 異様にして威容であった。
 そんな光景をまのあたりにし、おれの中にあった氷漬けのマンモス母子に対して抱いた感動や畏敬の念は、たちまち霧散してしまう。
 なんというか……、格がちがう。それをまざまざと見せつけられたかのようだ。

 遠ざかる不思議な男。
 気づけばおれは男のあとを追いかけていた。

  ◇

 イベント会場を出た男は、エレベーターを使うことなく階段を上へ上へと、ずんずん歩き続ける。向かうのは兎梅デパートに併設されている立体駐車場。
 立体駐車場の最上階には屋根はなく青天井となっている。
 吹きっさらしを嫌ってか、この場所は利用客らから敬遠されがちにて、いつきてもガラっとしている寂しい所。
 そんな場所をツカツカと歩く不思議な男。
 つかず離れずついていくおれこと尾白四伯。
 だがしかし……。

 ふいに立ち止まった男。くるりとふり返るなり、「出てこい、尾白四伯」といきなりおれを名指しする。
 どうやらまんまと誘い出されたらしい。
 バレている以上は、もはや隠れていることに意味はない。
 おれはクルマの陰から両手をあげて降参のポーズをしながら姿をみせる。

「まいったね。これでもいちおうは探偵なんで、尾行にはそこそこ自信があったんだけど」

 軽口を叩きつつも、目では油断なく男やその周辺の様子を探る。
 が、いまのところ仲間が潜んでいるなどの不審な点は皆無。
 ただ不思議な男がひとりいるばかり。
 いきなりフルネームを呼ばれたことから、向こうさんはこちらのことをよく知っているっぽいが、こちらは相手のことは何もわからない。いささかフェアじゃない状況。このまま向こうのペースで話を進めるのはあまり好ましくない。そこでおれはどうにか男の情報を得ようと、自分から話しかけることにした。

「あんた……、さっき、どうしてあんなことを言ったんだ」
「あんなこと?」
「氷漬けのマンモス母子に対して、『くだらん』とか『ハズレ』だとか」
「あぁ、あれか。あれはそのままの意味だ。からっぽの器だったからな。悠久の刻を越えた感動の母子だなんぞと片腹痛い。とんだインチキだった。あれでは再生したとて、産まれるのは役立たずの虚ろよ」
「はぁ、器? 再生? 虚ろ?」

 男の吐く言葉の意味がチンプンカンプン。
 加えて小馬鹿にしたような物言いに、ちょっとカチンときて、おれの目元は自然と険しくなっていく。そのせいで態度も少しばかりトゲトゲしたものに。
 けれども男は気にした風でもなく、さも、そんなことはどうでもいいとばかりに、今度は自分から口を開いた。

「それよりも興味深いのはおまえだ、探偵・尾白四伯。かげりからたびたび報告は受けていたが、たしかに面白い。おまえは我と似たニオイがする」

 知った名前が飛び出し、おれははっとして身構える。
 動物至上主義を掲げる過激派集団・聚楽第。その主要メンバーにして、工作員として世界各地を飛び回っては暗躍している、オコジョくのいち・かげり。とにかくオモシロイことに目がなく、「ただ楽しいから」という理由だけで病原菌をバラまくバイオテロをたくらんだりする性質の悪い女でもある。

 かげりあるところに乱あり。
 そんな女から報告を受けているということは、少なくともアレの上司にあたる人物。それすなわち、あの危険な女が認めて従っているほどの相手だということ。
 只者じゃない。それどころかオコジョくのいちよりも、ずっともっとヤバい存在なのはたしか。
 おれはゴクリとツバを呑み込んでから、意を決して問う。

「あんたはいったい何者なんだ」と。

 すると男がニヤリ。
 瞬間、その輪郭がいっそうぼやけたかとおもったら、突如として男の背後から大量の闇が噴き出し、周囲一帯を覆い尽くす。
 もちろん本当のことじゃない。幻、あるいは錯覚だ。あくまで感覚的なもの。
 だが見えないはずのモノが、おれの目には確かに見えた。
 オーラ、圧、気配、殺気、あるいは覇気、いいや、これは怒気と言うのがふさわしいのか。
 いろんな色をごちゃ混ぜにした結果、生じる黒。
 すべてを塗り替え、染めあげる暗黒。
 そんなモノが満ち充ちている深淵がぽっかりと口を開けている。
 立ち尽くすばかりのおれに男は言った。

「我はウル。聚楽第を統べる者にして、愚かな人類より母なる星を救い、虐げられし動物たちを解放する者なり」


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