おじろよんぱく、何者?

月芝

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672 ボツ原稿

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 カラス女はうわねさんが置いていった封筒から、勝手に十枚ばかり抜きつつ「何かわかったら連絡する」と言った。

「いやいやいや、ちょっと待て! なにをどうどうとピンハネしてんだよっ。あまりにも自然な動きだったから、うっかり見逃すところだったじゃねえか」

 とんでもねえアマだと、おれがプリプリ怒ると「やれやれ」と肩をすくめるカラス女。

「だってしようがないだろ。調べるにしたって先立つものが必要なんだから。必要経費だよ、必要経費。ケチケチすんな。あとで上乗せして依頼人に請求すればいいだろう。じゃあな」

 カラス女は言うだけいうと、さっさと事務所から出て行ってしまった。

  ◇

 用心しろと言われたもので、単独で動くことは控えて芽衣が下校するのを待つことにしたおれは、空いた時間を情報収集に費やすことにした。
 インターネットの方はしらたきさんに漁ってもらい、おれは地元の図書館にて新聞やら雑誌の過去記事を当たる。

 だが、収穫はさほど得られなかった。依頼人から聞いた話に毛が生えた程度。
 橋都十和子の不審死に関する記事はおもいのほかに少ない。
 というかいくらなんでも少なすぎる。この手の事件が大好物なゴシップ系でも、二度ほど記事にしただけで、ばっさり打ち切ってそれきり。
 いまの世の中、次々と驚くような事件が起こるから、より話題性がある方へと移ろうのはわかるが、それにしたってメディアがそろいもそろって、そっぽを向くなんて……。

「ヘンだな。この疑惑の養子なんて、いかにもつつきがいがありそうなのに。どこぞより圧力がかかったか? となればアプローチ方法を変えなきゃダメだな」

 フム。とうなづいたおれは雑誌記事の隅っこに着目。そこには記事を書いた記者の名前がある。

  ◇

 探偵業というのは、職業柄いろんな人と接する機会が多いもので、ぞんがいに顔が広い。
 あちらこちらの伝手を使って、ようやくたどりついたのはフリーランスの記者さん。
 さっそくゲットした番号に電話をして「あのう、女性役員の不審死についてお訊ねしたいのですがぁ」と言えば、開口一番「あの事件のことか? あー、思い出すだけでむかつくっ! 編集長のクソ野郎、面白いから連載にするって言ってたくせに、急に手のひらを返しやがって! おかげでせっかく書いた五回分の記事原稿が丸々ボツでお蔵入りだ。やってられねえ!」と声を大にして不平不満をぶちまける。

 やはりフリーの記者の目からしても、あれはキャッチーな事件であったようだ。
 だから勇んで取材をしたというのに、いざ仕上げて持ち込んだら「その企画は中止になった。悪いがなかったことにしてくれ」と一方的に告げられてしまう。

「あんまりだ。いくら下請けだからって、さすがにこの扱いはない。中止なら中止で、せめて先に云えよっ」

 フリーランスの記者さん。電話口にでもわかるほどに、たいそうな目くじらを立てている。
 だったらと、他のところに記事を持ち込んではみたものの、どこもまるで示し合わせたかのように受けつけず。しぶしぶ泣き寝入りするしかなかったとのこと。

 で、ものは試しに「だったらそのボツ原稿、ちょうだい」とおねだりしてみたら、あっさり「いいぜ。すぐに原稿データを送る。好きに使ってくれ。ただし、いいネタになりそうだったら、こっちにもおこぼれを回してくれよ」

 探偵と記者、持ちつもたれつ。スクープがあったらよろしくねということ。
 もちろんおれは快諾。
 すると約束した通りに、すぐに原稿データが送られてきたもので、しらたきさんに頼んで事務所のパソコンでチェックしてみたのだが……。

「おいおいおい、なんだよ、この養子くん、めちゃくちゃ怪しい前歴じゃねえか。起訴こそはされなかったものの、学生時分にサークル活動で投資詐欺まがいの事件に関与していた疑いありとか。
 それに保険金の受け渡しから土地の売買まで、あまりにも手際が良すぎる。あげくに一切の処理を請け負った事務所があるという住所に行ってみたら、とっくにもぬけの殻とか。完全にダミーだろう。
 おっ、この原稿、あくまで一般論ということにしているけど、ちゃんと医者の見解まで載せてあるじゃないか。やるな、あの記者さん、けっこう優秀だ。
 えーと、なになに、『実際に自分で検死したわけではないので、明言はできないが状況からして、事故、事件どちらも疑える。ゆえに早々に捜査が打ち切られたのには、正直なところ首をひねるばかりである』か」

 入念に調べあげたことのみを、丁寧かつ簡潔な文章でわかりやすくまとめられてある。
 素人目にもわかる。文面から溢れるのは埋もれた真実を追求しようというジャーナリズム。いい記事だ。相当の時間と労力と熱量を費やして仕上げられたもの。これをすべてボツにされたら、そりゃあぶちギレるわな。
 だがおかげでいろいろと知ることができた。
 おれは壁掛け時計をちらり。そろそろ芽衣が下校してくる頃だ。
 昼休みの時間に連絡はしてある。芽衣と合流次第、すぐに出かけるべくおれは準備する。


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