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684 逝く者と残る者と
しおりを挟む名菓「ぽんすけ」と鬼と。
いったいどんな関係があるというのか?
おれが問い質すと、急に歯切れが悪くなった伽草奏。
こちらとていきなり「獲物をよこせ!」と言われて、ハイそうですかと渡せるものではない。相応に納得できる理由が必要。
でないと、おれはともかく他の連中が黙っちゃいない。
するとついに観念したらしく、伽草奏がぼそり。
しかしいささか声が小さくて、よく聞き取れない。
だからおれが「えっ、何だって?」とややおおげさに聞き返すと、伽草奏は「はぁ」と深いため息をついてから「社長の命令よ。私も詳しいことは知らない。けど、どうやら御方さまってのが、たいそうご立腹なんだってさ」といった。
伽草奏が社長と呼ぶのは、桜花探偵事務所のトップに君臨している桜花朱魅のみ。
そしてあの傲岸不遜の桜花朱魅が「御方さま」と敬称するような相手はひとりしかいない。
赤青黄緑黒ら五つの一族の頂点に立ち、唯一無二の存在にして絶対の統治者、すべての鬼たちの祖とも云われている白鬼・七宝院白瑠璃。
いきなり飛び出してきたのが、絶対に踏んではいけないトラの尾ならぬ、核ミサイルの発射ボタンみたいな人物。
さすがにおれはギョっとし、仲間らもざわざわ。
「……って、まさか御方さまってば『ぽんすけ』好き?」
思いついたことをおれが口にすると、白鬼といち面識もない伽草奏は「さあ」と肩をすくめるも、彼女の周囲にいた黒服どもがそろって首をこくこくさせる。鬼の間では常識なのか。
どうやら七宝院白瑠璃も橋都十和子と同じく「ぽんすけ」の素朴な味わいを愛してやまなかったらしい。
だがそれゆえに、気がついていたのであろう。
あるときを境にして、急に商品の質が落ちたことに。
でもって起こったのが橋都十和子の事件。製造元の人間であり、不審死にもかかわらず早々に警察も手を引いている。不自然極まりない。
「あっ、ひょっとしてそっちでもアノ件について、じつは独自でこっそり調べたりしちゃってたりとか……」
その言葉に柳眉を寄せる伽草奏。表情がすべてを物語っていた。
とどのつまり、横槍を入れたのはうちの方ということになる。おれはひたいをピシャリとして「あちゃあ」と天を仰いだ。そんなつもりは毛頭なかったのだが、獲物をかっさらったのは、おれたちこそであったのだ。
こちらとしては存分に暴れたことだし、多少の気は晴れた。
後始末は伽草奏に任せても問題ないだろう。
ということで一同協議の上で受け渡しが成立。
でもって、この場にはいなくて難を逃れた三名、工場長の瀬戸明義、書類上の橋都十和子の養子である田村健司、警察の獅子身中の虫である前田洋平については、きちんと法の裁きを受けてもらい、これでもかというぐらいに社会的制裁を浴びたあとには、鬼どもの手によってしれっと失踪人の仲間入りをしてもらうと話がついたので、いちおうの一件落着とあいなった。
◇
ここのところテレビでは、連日の謝罪会見が続いている。
工場長の行っていた不正が発覚した多賀藻食品株式会社は、会長や社長に役員がそろっての会見。
バチバチ目が痛くなるほどのフラッシュ、記者らからの厳しい追及を受けながらも、答えるべきは答え、わからないところは後日必ず詳細を明らかにすると約束し、批判の言葉には丁寧に頭を下げ、終始誠実かつ真摯に対応。かつ会長が引責辞任、社長もまた調査報告が終わったところで退くと発表。もちろん橋都十和子さんの名誉も回復された。
だが失われた命はもう戻らない。そして墜ちた信用を取り戻す再生の道は、きっと生半可なことではないであろう。
それでも生きてさえいれば、また歩きだせるだけマシというもの。
一方で終始、憐れなほどにしどろもどろであったのが警察の会見。
まぁ、内容が内容なだけに言い訳のしようがない。
よりにもよって警視正という立場にある人間が、悪党と組んで事件をもみ消し。
叩いてみれば埃がばふんばふん。でるわでるわの不祥事が鈴なり。
これをスッパ抜いたのはフリーのジャーナリストであるケビン・コスギ。衝撃的かつ詳細な調査内容に世間はたいそう度肝を抜かれて、彼は一躍有名ジャーナリストの仲間入りを果たす。
えっ、ネタもと?
もちろんおれである。約束通りに、表沙汰にして問題ない範囲にて情報を提供した。すると彼も心得たものにて、うまいこと調理した。さすがである。
◇
後日、おれと芽衣はアライグマのうわねさんに付き合ってお墓参りへとおもむく。
お参りする相手は無念の死を遂げた橋都十和子さん。
今日は人化けしているうわねさん。見た目はどこにでもいそうなオバちゃんである。
ちゃっちゃと墓の掃除を済ませてから手を合わせる。
供えるのは故人が愛してやまなかった、あのお菓子。もちろん味はかつてのものに戻っている。
「仇はこの探偵さんがとってくれたから、どうか安らかに眠ってください」
墓前にしゃがみこんでは、故人にそんな報告をするうわねさん。その背後に立つおれは面映ゆく感じつつ、くわえたタバコに火をつける。
空へとのびていく線香とタバコの煙ふたすじ。
たちまち風に流され散らされ消えた。
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