おじろよんぱく、何者?

月芝

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766 極妻っ!

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 大名屋敷もといヘビの里の長の家。
 広い屋内、勝手知ったるようで、迷うことなく芽衣を案内する財部さん。
 案内された先は執務室。そこで待っていたのは、極妻っ!
 っぽい雰囲気の和装の御方。
 ちなみに極妻ごくつまとは極道の妻たちの略である。
 ワークデスクにて書類に目を通してた極妻っぽい女性。
 ゆっくり顔をあげて、老眼鏡とおぼしき金縁丸眼鏡をはずす。

「よくきたね、二代目。待ってたよ」

 波紋ひとつ浮かんでいない水面のような、静謐なる眼差し。
 おもわず背筋がしゃんとなる声。
 これこそがヘビの里のみなより「おばばさま」と呼ばれて慕われている人物。
 名は阿彌良あんみら
 かつては先代蒼雷と並び立つと称されたレジェンド。
 だが当人はそれを「なんとも面映ゆいねえ」とやんわり否定する。

「周囲はそんな風にいってくれていたみたいだけど、葵さんに比べたら私なんて全然だったよ。同世代の中でも彼女は群を抜いて別格だった。でもそれがどうにも悔しくって、置いてけぼりにされるのが嫌で、必死になってあの背中を追いかけていただけさ」

 過ぎ去った熱い時代を思い出しているのか、遠い目をするおばばさま。
 けれども芽衣はそれどころではなかった。
 ぶっちゃけると、もの凄く混乱していたのである。
 なぜなら、おばばさま、超若いんだものっ!

「そんなバカな……。どうみてもうちのお母さんよりちょっと上ぐらいにしか見えない」

 片やもんぺにつっかけほっかむり、割烹着姿にて畑仕事に精を出しており、どこからどう見ても田舎の婆さまな、洲本葵。
 片や美魔女なデキる極妻な、阿彌良。
 とても同世代とはおもえない。
 この衝撃たるや。

「……。やはり敵は紫外線か。アレは超危険だとお母さんもつねづね気にしているし、雑誌のコスメ特集でも注意喚起されている。でもうちの婆ちゃんはまるで気にしてなかった。それは弟子のわたしも同じで……はっ! もしかしてわたしはいま、人生の重大な岐路に立たされているのではなかろうか。この出会いは天の啓示。さぁ、どっち? と選択を迫られているのでは……マズイ、マズイよ。このままじゃあ」

 芽衣は親指の爪をがじがじしながら、ひとりぶつぶつ。
 初対面でのこの態度、なかなかに失礼。隣では案内してきた財部さんが気を揉んで「ちょ、ちょっと、芽衣ちゃん」とはらはらおろおろ。
 なのだが、おばばさまはとくに機嫌を損ねるでもなし、くすりと余裕の笑み。

「ふふふ、本当に懐かしい。葵さんもよくそんな風に、いきなり自分の世界に浸ってしまっては、周囲をやきもきさせていたわ」

 若い頃の祖母にそっくり。
 そう言われて孫娘はガーン、ショックを受けた。
 なぜなら、それすなわちこのままではアレが自分の未来予想図ということになるから。
 祖母のことは慕っているし、師としても尊敬している。
 でもソレはソレ、これはこれ。いまだにイケてるシティガールになるという野望を捨てていない芽衣としては、とても許容できることではない。
 だから回れ右して「ちょっと日焼け止めクリームを買いにコンビニに行ってきます」
 けれどもそれはかなわなかった。

 いつのまにやら接近していたおばばさま、うしろから襟首をむんずと掴まれタヌキ娘はぷらんぷらん。おばばさま、立ち上がったらけっこう背が高い。片手で持ち上げられた芽衣は足がつかない。

「駄目ですよ二代目。猶予が限られているのですから、そんなことをしている暇はありません。さっそく修行に入りましょう。あぁ、心配なさらずとも修行は屋内でつけて差し上げますから。それはともかくとして」

 ここでいったん言葉を区切ったおばばさま、そばにいる財部さんをギロリと見て問う。

「ところで、あの子たちはどこで何をしているのですか?」

 あの子たちとはタエちゃんと伊佗佳のこと。
 財部さんが玄関でいがみ合っていることを伝えると、「はぁ」とおばばさまは嘆息。

「まったくあの子たちときたら、毎度毎度飽きもせずに。いい機会ですから、修行がてら性根も叩き直すとしましょうか」

 この瞬間、修行の難易度が跳ね上がった。
 そのことを娘たちが知るのは、もう少しあとになってからのこと。


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