おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
832 / 1,029

832 駆除

しおりを挟む
 
 高月は北部、天神さんの神社にある鎮守の森。そこの木々を抜けるのは「ブーン」という不快な羽音。
 黄と黒の縞模様が宙を舞っている。
 狂暴さでは他の追随を許さないスズメバチだ。

 その毒針に手を刺されれば、たちまち野球のグローブほどにもなって、激痛に見舞われ、これが数日も続く。恐ろしいことに死骸にもしっかり毒が残っており、こいつをうっかり踏んだりしたら、足がパンパンになってスキーシューズのようになっちまうこともある。針はぶっとく丈夫にて、ちょっとした釘ぐらいを想定したほうがいいほど。刺さる角度にもよるけど、靴下や薄いサンダルぐらいならば貫通することさえもある。
 極めて好戦的な性格にて、巣に近づく者あらば、たちまちわらわら出撃。時代劇の悪の手先ばりにぞろぞろあらわれては、群れにて問答無用で襲いかかってくる。
 これがまた執拗にて、いったんロックオンしたらかなり巣から離れたところにまでも追いかけてくる。全方位から寄ってたかってブーン、ちくちくとタコ殴りされるのだから、たまらない。

 巣はあっという間に大きくなるし、どこにでも作るし、数も増えまくるし、ぎちぎち威嚇音がおっかないし、ちゃっかり人間の都市にも順応しているから始末が悪い。

「そんなスズメバチが鎮守の森に巣を作っている。なんとかしてちょうだい!」

 ショーンから泣きつかれた。
 いや、これって探偵の仕事じゃなくね? 駆除業者を呼べよ。
 なんぞと思わなくもないのだが、なにせ尾白探偵事務所は零細の個人事業。回ってくる仕事の色好みなんぞをしている余裕はない。どこぞの居酒屋みたいに「はい、よろこんで!」スタイルが基本である。
 というか、じつはうちではネズミやらイタチにアライグマなどの害獣でお悩みの相談は、随時受け付けている。
 なにせこちとら同じ畜生だもので。
 話せばわかるから動物関連はお手の物、交渉役としては最適なのである。
 でも昆虫類はその範疇から逸脱しているよね?
 との疑問はごもっとも。だがうちは半分、何でも屋みたいなものだから、ついでとばかりに害虫の駆除も引き受けているのだ。

「っていうかショーン、おまえも仮にもクマの仲間なんだから自分でやっつければいいだろうに」
「無茶を言うなよ。こちとらクマはクマでもキュートでラブリーなアナグマなんだぞ! あんな昆虫ギャングどもを相手にしてられるかっ」

 情報屋ショーンの正体はアナグマ。
 本名は六助といい、この鎮守の森に住んでおり、生意気にも妻帯者にて子だくさんである。
 今回は近所に迷惑な一家が引っ越してきたもので、どうにかしてとのご依頼。

  ◇

 安全な距離をとり、ふらふら飛んでいるスズメバチの動向を探る。
 そうして突き止めた巣の場所に、おれは「げっ」とうめき、「うわっ」と芽衣はしかめっ面。
 巣は木の上ではなくて、木の根元、洞および地面の下に半ば埋まっているっぽい。
 枝下や軒先などにモロ出しならば防護服を着込んで、煙式の殺虫剤を巣にぶち込んで蓋をして待つことしばし。あとは叩き落として丸っと回収するだけですむ。
 でも地面の下となると規模がわからない。煙もうまいこと充満しにくく、地形が邪魔をして作業も難航する。というか土堀が面倒くさい。

「どうします、四伯おじさん。いっそのことショベルカーとかユンボにでもなって、木を薙ぎ倒していっきに堀り起こしちゃいますか?」
「うーん、そうしたいのは山々だが、ここは鎮守の森だしなぁ。勝手をしたら罰が当たりそうというか、それ以前に神主さんがめちゃくちゃ怒るだろうし」
「おまえたち、祭のイベントで建物の屋根を半壊させているだろう。さすがに続けてはヤバいと思うぞ」

 ショーンの発言にはいささか事実と異なる点があるので、ちょいと訂正しておく。
 天神さんのお祭りのイベントのひとつとして開催されたメイド王決定戦。そのおり最終決戦にて境内でわちゃわちゃした際に、ドカンと拝殿の軒先と屋根の一部を吹き飛ばし、吊るしてあった本坪鈴を叩き落としてへこませたのはアニマルメイドロボの零号であって、けっしておれたちではない。
 もっともそのイベントを企画して、零号を投入したのはおれこと尾白四伯ではあったが……。

  ◇

 えーこほん、いささか話が横道にそれたので本筋に戻そう。
 肝心の駆除対象であるスズメバチの巣は地面の中。
 ここは神聖なる鎮守の森にて無茶はできない。
 そこでボストンバックにて持ち込んだ防護服を着込む探偵と助手。
 面倒だが手順に乗っ取って、通常の駆除方法を選択する。
 だがしかし、よもやのハプニングにて駆除どころではなくなってしまった!

「へっ?」

 薬を散布し、敵勢を無力化してからせっせと巣を掘り出す作業中のことである。
 不意に足下がずぼっとへこんで、視界がぐんと下がったのは芽衣。どうやら巣のある一帯の下が空洞になっていたらしい。
 そんな場所でがちゃげちゃ作業をしていたもので、ついに地盤が崩れてしまった模様。
 たちまち下半身が埋まってしまし、はずみでスズメバチの巣をも踏み潰したタヌキ娘。
 このままでは生き埋めになりかねない。あわててのばした手が掴んだのはおれの足首。

「わっ、バカ、こら離せ! おれまで落ちちまうだろうがっ」
「イヤだっ、こうなれば死なばもろとも。いっしょに逝こう」

 まさかの無理心中宣言!

「冗談じゃない」と抵抗する探偵。
「離すもんか」と食らいつく助手。

 協力して抜け出すという発想がないふたりは、オロオロするばかりのショーンが見ている前で、ついに地の底へと呑み込まれてしまった。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記

月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』 でも店を切り盛りしているのは、女子高生!? 九坂家の末っ子・千花であった。 なにせ家族がちっとも頼りにならない! 祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。 あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。 ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。 そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と 店と家を守る決意をした。 けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。 類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。 ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。 そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって…… 祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か? 千花の細腕繁盛記。 いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。 伯天堂へようこそ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...