おじろよんぱく、何者?

月芝

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872 獣王武闘会本戦 一回戦第一試合 後編

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 壁際まで飛ばされていたワオキツネザルの鈴木さんが、ゆっくりとした足どりにて舞台中央へと戻っていく。
 途中、その姿がフッと掻き消えた!
 かとおもえば直後に響いたのは、ガンッという衝突音。
 音がしたのは早乙女修がいるところ。振り上げた右脚にて、華麗なる一本立ち。
 それが防いでいたのは、斜め後方の死角から襲いかかてきたワオキツネザルの鈴木さんの一撃。側頭部はこめかみのあたり、急所を狙った爪先。
 だが寸前のところで、早乙女修の足がこれを止めている。

 ほんの一瞬にて相手の背後まで移動をし、勢いのままに奇襲をする。
 それをした鈴木さんも凄いが、これをただの一歩も動くことなく涼しい顔でしのいでいる早乙女修もまた凄い。

 ぎちぎちと両者の出している足が拮抗。
 ここで先に動いたのは早乙女修。

「刃鱗脚、突」

 刃鱗脚じんりんきゃくとは、鱗のような鎧をまとった強靭な足を持つヒクイドリらに伝わる固有の武術。足技主体にて、手を使ったら負けだと思っている。
 早乙女修が防御に当てていた足が、そのまま攻撃へと転ずる。
 まるで腕のように器用に、かつ柔軟に動く足。
 拮抗していた相手をはじき飛ばし、宙にて身動きが取れないところをすかさず追撃。
 放たれた蹴りは槍の突きのごとし。だが勢いは銃撃のごとくあって、それでいて狙いは熟練のスナイパーのように正確無比。
 相手を容赦なく貫き砕かんとする一撃が、真っ直ぐに獲物の胸元へと吸い込まれていく。
 けれどもこの蹴りが貫いたのは空。
 またもやフッと掻き消えたワオキツネザルの鈴木さん。当たる寸前に難を逃れる。

 無音にて殺気もなく気配を完全に殺している。
 完璧なる隠形術が六万を越える観衆の目どころか、あちこちから舞台上を映している最新のカメラたちの追随をも許さない。
 それは対峙している早乙女修も同じらしく、素早く視線を動かしては周囲の様子を探っている。
 が、それでも彼はその場を動かない。
 ばかりか、今度はおもむろに横蹴りの姿勢をとった。

「刃鱗脚、斬」

 長い足が振り抜かれる。ただし動きがおかしい。通常の蹴りでは軸足を中心にして半円を描くような動きとなるのに対して、早乙女修のそれは二回転もくるくる回る。その姿はまるでバレリーナのように優雅。
 しかしこの技から産み出される攻撃は苛烈極まりないものであった。
 早乙女修を中心にして発生したのは、見えない風の円刃ふたつ。
 ひとつは地を這うようして、ひとつは宙空に。
 それらがいっきに拡大、立ち塞がるすべてを薙ぎ払わんとする。

 隠形と素早い足運びに長けたワオキツネザルの鈴木さん。
 出し入れ自在のその姿を捕えるのは至難の技。かといって絶えず狙われ、守勢を強いられるのはまずい。
 この事態を打開すべく早乙女修が放ったのが、全体攻撃。
 衝撃波をともなったふたつの刃が、周囲を席捲する。
 冗談みたいな高威力にて迫る風の刃。勢いのままに壁際にまで到達するほど。

 これにあわてたのがワオキツネザルの鈴木さん。
 中途半端にかわしたら巻き込まれる。壁際に追い込まれたら逃げ場がない。
 そこで活路を見出したのが上。高らかと跳躍、からの高速移動。
 足場のない空中なのに、踏ん張れるのは飛び上がるのと同時にばら撒いたコースターのおかげ。喫茶店やバーとかで冷たい飲み物を頼んだ際に、グラスの下に敷かれるアレ。そんなモノを支点として、空中を自在に動けるワオキツネザルの鈴木さんは、やはり只者じゃない。

 だがそんな彼に輪をかけて只者ではなかったのが、早乙女修。
 総敷地面積二百五十万平方メートル。動物の種類百二十四。飼育総数は千頭羽以上。
 年間百万人以上もの来場者数を誇る西日本最大級のサファリパーク・姫路アニマルキンダム。そこに住まう精鋭らで構成された近衛師団・位階第二位の男のチカラが、ここで牙を剥く。

 ふたつの円刃を放った足、掲げたままのカカトが一転して振り下ろされる。

「刃鱗脚、破」

 ずぅうぅぅぅぅぅん!

 地面が激しく上下する。
 まるで直下型地震が起こったかのような揺れ。
 それにともなって闘技場内に敷き詰められてあった、大量の砂が一斉に打ち上げられた。
 たちまち一面を砂のベールが覆う。
 これにより浮き彫りとなったのが、ワオキツネザルの鈴木さんの姿。舞い上がった砂塵が邪魔をして隠形の術が破れた。
 そんな隙を見逃す早乙女修ではない。
 文字通りこれを一蹴する。

 第一試合次鋒戦、勝者は姫路アニマルキングダム選抜の早乙女修。
 あらためてその試合内容をふり返れば、彼は試合開始直後からただの一歩も動かず、使ったのは右脚一本のみにて勝利を収めていたことに、おれは戦慄を禁じ得ない。


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