おじろよんぱく、何者?

月芝

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896 獣王武闘会本戦 一回戦第八試合 後編

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 おれが化けたアスタコを操ってトラ美が大暴れ。
 その勇姿に一部のちびっ子たちは喜んでくれたものの、それ以外からは大ブーイングであった先鋒戦。
 会場中を敵に回した中で始まったタッグ中堅戦。
 チーム尾白探偵事務所からは金髪リーゼントのヘビ娘である白妙幸とアニマルメイドロボの零号。
 チーム益荒男からは渡辺津奈わたなべつな上泉幻雲斎うわいずみげんうんさい
 渡辺津奈は西国予選にてチーム侍魂に参加していたメンバー。まるで芝居から飛び出した若武者のごとき凛々しくも麗しい姿で、魔破璃紅流槍術まはりくりゅうそうじゅつ免許皆伝の腕前。その正体はサラサラヘアーの牧羊犬のコリーである。
 上泉幻雲斎は東国予選にも参加していた豪の者。鈴木流鎖鎌術すずきりゅうくさりがまじゅつの遣い手。その正体はサルである。

 試合開始直前。

「どうする?」と訊ねたのは白妙幸ことタエちゃん。
「一人一殺でいいでしょう」と答えたのは零号。

 タッグ戦とはいえ連携などはやったことがないふたり
 タエちゃんの武はほぼ独学にてそれゆえに癖がすごい。
 零号のは武うんぬん以前にてこれまた癖がすごい。
 そんなふたりが無理矢理に組んだところで、互いの個性を打ち消してマイナスになるばかり。ならば各々好きに暴れた方がいいという結論に達する。

「じゃあどっちにする?」
「私はあちらのおサルさんを」
「だったらオレは槍の姉ちゃんだな」

 かくしてタエちゃんが渡辺津奈を、零号が上泉幻雲斎と対峙すると決まったところで試合開始の合図となった。

  ◇

 かつて戦場の華といわれた槍。しかし時代の変遷にともなって「持ち運びに不便」「置き場所に困る」「電車にのると周囲から奇異の目を向けられる」「邪魔」などの理由にて不遇をかこってひさしい。そんな槍術の健在ぶりを広く世間に喧伝することと、復権を狙う渡辺津奈の得物は十文字槍。
 手元をひねることにより槍全体が回転、穂先が縦から横へ、横からまた縦へ、十文字の刃が羽ばたくようにひるがえる。
 たとえ突きを避けても、穂先の横からのびた刃が襲いかかるのが十文字槍の特徴。
 この脅威から逃れるためには、ただでさえ大きく距離をとる必要があるというのに、突きからさらに返しの刃、羽ばたきからの横薙ぎが発動。
 槍の石突付近を握り、目いっぱいに突き出し腕をものばした状態からこれを行う。
 たんに膂力だけでは、しなって暴れる槍を制御しきれない。たしかな体幹と技量があったればこその荒業。完全に槍が渡辺津奈の一部と化している証拠でもある。
 対するタエちゃんは無手。どうにかして懐に入ろうとするが、それをうかうか許す渡辺津奈ではない。
 タエちゃんはすらりと長い手足と高身長。それを活かしては迫る穂先を巧みにかわす。当たる寸前に刃や槍身に手を添えて、すいと軌道をそらす。その動作は推手と呼ばれるもの。わずかな接触にて相手のチカラをコントロールする攻防一体の技術。
 ふつうは素手同士で行うそれを白刃相手に平然とこなす。
 これには対峙している渡辺津奈も内心で舌を巻いていた。ばかりかそのいなし、さばきが戦いの最中にちょいちょい動きが良くなる一瞬があることに、目つきが険しくなる。

「なんなのよこの子……。この短時間でどんどん返しが鋭くなっている。まさか、急激に成長しているとでも? そんな馬鹿な」

 その疑惑が確信に変わったのは、直後に放った石突の一撃を見切られた時。
 あえて槍を短めに持ち放った突きにて相手の体勢を崩したところで、急速反転、横合いの死角から跳ね上がった石突。槍身の真ん中あたりを握ることで可能となる動き。側頭部のこめかみを狙ったそれがたやすくかわされ、渡辺津奈ははっとする。

「この子は危険だ。順応速度が尋常じゃない。長引かせるのはまずい」

 タエちゃんを牽制しつついったん距離をとった渡辺津奈は、すぐさま奥義を繰り出す準備に入った。

  ◇

 じゃらじゃらと音を立てていたのは鎖。
 上泉幻雲斎の手にしている鎖鎌によるものだが、それにしても鎖が長い。通常はせいぜい一丈二尺ほどなのに、彼のはその倍はあろうかという長尺。鎌の部分がまるでオマケのよう。そんなシロモノを自在に操る上泉幻雲斎。
 ぶぅんと鎖の先の分銅が飛んできたかとおもえば、蛇体のごとく鎖の部分が波打ち暴れて周囲を席捲する。それだけではなくいきなり当人が疾駆し急接近、鎌にて一閃。
 まるで暴れる大蛇と鎌を持った男を同時に相手にしているようなもの。
 開けた闘技場という地の利もあって、鎖鎌が本領発揮!
 が、相手というか相性がすこぶる悪かったのが運の尽き。

 じゃらんと鎖が絡まったのは零号の左腕。
 こうして動きを封じつつ引き寄せ、あとは鎌でざっくり。
 というのが鎖鎌の常套手段なのであるが、それは適わない。

「あんぎゃーっ!」

 絶叫したのは上泉幻雲斎。
 零号による高圧電流びりびり攻撃。
 体内に雷龍の珠を持つ零号は歩く発電所のようなもの。

 ビリビリビリビリビリビリ……。

 鎖伝いに電流をたらふく喰らった上泉幻雲斎はたまらず化け術が解けて、本来の姿となってぽてんと倒れた。


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