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940 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 分水嶺
しおりを挟む腕挫十字固――とられた腕が伸びきったらそれまでだ。
させじと黄鬼がぐぐっと腕にチカラを込める。とたんに、黄色い鬼肌に浮かんだのは太い血管、盛り上がるは小山のような上腕二頭筋と上腕三頭筋、肩の三角筋や手首から肘へとかけて深くなる彫り……。第三形態となった鬼の膂力により、腕にまとわりつくヘビ娘を振り払おうとする。
だが、ふり払えない!?
むしろ関節技が完成へと近づくではないか。
払うために込めたチカラ、それが解き放たれる刹那、とられた腕にわずかなねじりが加わった。たったそれだけでチカラの向きが変えられて、そらされたばかりか、逆にタエちゃんに利用されてしまう。
絶妙なタイミングを制したのは、ヘビが持つ超肌触覚である。
密着状態にて、全身を高感度なレーダーと化したヘビ娘が、ほんのわずかな兆しから神がかりな先読みをしたことによるもの。
「なっ!」
黄鬼の櫟原了は信じられないとばかりに目を見開く。
瞬間、ついに黄鬼の右腕が完全に伸びきり、そして……。
ゴキリ!
みしり!
ぶちり!
厭な音がした。
関節が外れて、靭帯が損傷する音だ。
タエちゃんは容赦なく黄鬼の右腕を破壊する。
ばかりか、さらにひねっては、ぎちぎちと締め上げ、ねじり上げる。
一見すると残虐非道の行為のようだが、これは鬼の肉体強度、超回復を知っているからこその執拗な破壊であった。
砕けた腕すらも、瞬時に再生する。
そのことは先に出灰桔梗と黄鬼が対戦したときに見て知っている。
中途半端な攻撃は通用しない。
「がぁあぁぁっ」
苦悶の表情にて、黄鬼が声をあげる。
いかに耐性があろうとも痛みは感じる。すぐに回復するからとて、だから平気というわけではない。ずっと心の奥底に封印していた恐怖心がむくりとかま首をもたげ、ぞわぞわと這い上がってくる。
たまらず黄鬼はまとわりつくヘビ娘を引き剥すことを断念し、自由になる左腕の拳によって叩き潰そうとした。
けれども、仰向けの態勢で強引に振り下ろした拳が打ったのは、自分自身、それもたったいま壊された右腕の付け根付近であった。
みずから追い打ちをかけたことになって、「ぐぅぅぅ」と黄鬼がおもわず背を丸めて身悶える。
では、そのとき、タエちゃんはどこにいたのか?
左腕の拳が当たる寸前、するりと右腕から離れたヘビ娘の身は宙にあった。真上に軽く跳ねることによって打撃をかわしたばかりか、落下の勢いのままに今度は左腕にからみついたのである。そしてひと息に、これをねじ切り粉砕した。
よもやの腕挫十字固の連続行使!
黄鬼は両腕を一時的にだが完全に使い物にならなくされる。
豪腕の守りを失った黄鬼、地面を転がり暴れ、なんとか立ち上がって逃れようとするも、そこへのびてくるヘビ娘の長い四肢、背後からからみつき、ついに太い首に手がかかる。
裸絞、あるいはバックチョークと呼ばれる背後からの締め技が完全に極まった。
あとはいっきに締め落とすのみ。
という段になって、どうにか立ち上がった黄鬼がやにわに向かったのは、闘技場と客席を隔てる壁のところ。
黄鬼の意図を悟ったタエちゃんは、首を極めている腕にいっそうのチカラを込める。それこそ首の骨をへし折らんばかりに。
「かはっ」
黄鬼のアゴがさがり呼気を吐く。膝もがくんと落ちて、歩みも鈍る。
だからついに落ちるかとおもわれるも、黄鬼はそこから大きく踏み出し、ふたたび駆け出す。
これには背後からしがみついているタエちゃんの方が驚いた。
ずんずん迫る壁を前にして、タエちゃんに迷いが生じる。
千載一隅の好機なのは間違いない。
このまま極めるか、それともいったん放すか。
結果として、この選択が次鋒戦の勝敗の分水嶺となった。
◇
倒れたまま動かないタエちゃんを、櫟原了が見下ろしている。
すでに両腕は動かせるまでに回復していた。
タエちゃんごと壁へと突っ込んだ黄鬼は、壁を半壊させただけでは飽き足らず、その壁沿いを崩しながら突き進む。その矢面に立たされてたタエちゃんの身体は、押しつぶされてズタボロにされた。だが、それでも執念で締め技を解かなかった。
そこで黄鬼は勢いのままに崩れた瓦礫を足場にして、壁の上へと向かう。そこから大跳躍し、タエちゃんもろとも地面へと激突した。
かくして勝負あり。
準々決勝第四試合、次鋒戦を制したのは黄鬼の櫟原了であった。
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