おじろよんぱく、何者?

月芝

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944 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 トリガー

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 トラと鬼の地獄車が、豪快に砂煙を巻き上げては、地面を抉りながら突き進む。
 ついには勢いのままに修復されたばかりの防護壁へと激突する。

 ずぅぅうぅぅぅぅん。

 速度超過のダンプカーが、カーブを曲がり切れずに事故を起こしたときのような、不吉な重低音が鳴り響く。
 しかし壁は崩れない。今度は半壊ですんだ。度重なる破壊を経て、通常の三倍の厚みをもたせていたおかげである。とはいえ、かろうじてではあるが……。
 激しく踊り狂いながら壁に叩きつけられたのは、緑鬼の紀田純一であった。
 半ばめり込む形で、ようやくトラ爪の拘束から解放される。
 が、それはまだ終わりではなかった。
 爪を引き抜きがてら、鬼の見事に割れた腹筋を、根本から破壊せんばかりに思い切り蹴飛ばし、トラ美は緑鬼をさらに壁へとめり込ませる。そしていったん距離をとったところで……。

「滅爛虎慄紅武爪術、一の段、徒花!」

 引っ込めたトラ爪がふたたび出現する。
 しかも、今度のは先ほどよりも大きく、先端の返しが鋭い凶相をしていた。
 左右四本ずつ、計八本のトラ爪。
 両脇を締め、背面に肘を突き出すようにして腕をくの字に折り曲げ、腰を下げて溜めをつくり、構えたトラ猛女が「ぐるるるる」と喉を鳴らす。まなじりが吊り上がり、金色の瞳の中央にある黒点がきゅっと緊縮し引き絞られる。はっしとにらむは緑鬼、ただひとり。
 熱い息吹が吐かれるのと同時に、つま先が地面にめり込んで、トラの身が鬼へと向かって飛び出す。
 斜め十字に交差するようにして振られた八本の武爪、格子の軌道にて鬼の身を切り刻まんとする。
 迫る斬撃!
 緑鬼の紀田純一は寸前で気がつき、どうにか壁から脱することで窮地を逃れたかにおもえた。だが、トラ猛女は止まらない。
 武爪による連撃が次々と繰り出されて、たちまち防護壁を斬り裂いては、裁断しながら逃げる緑鬼へと押し迫っていく。
 壁を背にし、これに沿って逃げる形になっている緑鬼は、横にしか動けない。このままではすぐに追いつかれて、トラの武爪の餌食になる。
 そこで強引に前へと抜けて、闘技場の中央を目指そうとするも、その時のことであった。

 ザシュッ!

 緑鬼の胸元が深々と斬り裂かれて、鮮血が散る。
 両腕の猛攻を掻い潜って、抜けようとした矢先に飛んできたのは蹴撃であった。
 獣の爪は四肢に宿る。つま先から生えた武爪が、緑鬼の逃亡を許さない。
 しかもその傷は通常の裂傷とはちがって、肉をごっそりすくいとるかのように抉っているので、いかに鬼の超回復を持ってしても、なかなか傷が塞がらないではないか!

 ここまでの試合展開、気迫と覚悟で勝るトラが鬼を圧倒していた。
 ゆえに誰もがこのまま押し切るのではないかとおもわれたのだが、ここにきて予想だにしない事態が起こる。
 緑鬼の紀田純一、この局面で、じっと見上げていたのは闘技場内の客席である。
 視線の先は客席の最上段に設けられている超VIP専用の貴賓室のある辺りだ。
 ただ無言にて紀田純一は、じっと一点を見つめている。
 尋常ではない表情に、はっとしてトラ美も攻撃を手を止めて慌ててふり返った。視線の先を追ったとたんに、全身のトラ毛がぞわぞわと逆立つのを抑えられない。

「まさか、あそこにいるのか? 白の女王が!」

 鬼族を統べる白の女王、七宝院白瑠璃。
 すべての鬼たちにとって、彼女は絶対の存在である。
 彼女が命じれば、ためらうことなく己の首を自分で刎ねて差し出すほどに。
 されど彼女は君臨するも統治せずをモットーとしている。
 そんな白瑠璃はトリガー役でもある。
 もしも彼女がただひと言「許す」と口にすれば、鬼はたちまち……。

 いかなる合図、通信手段を用いて意志の疎通をはかったのかはわからない。
 あるいは女王と鬼たちは心で繋がっているのかもしれない。

「くそっ、させるものかっ!」

 ぐずぐずしてはいられない。トラ美はいっきに仕留めにかかった。
 けれども、ほんのわずかばかり遅かった。
 白の女王の気配に呑まれていた分だけ、半歩出遅れる。
 ぶわっと熱波が起こり、膨れ上がったのは闘気、肉体よりシュウシュウと蒸気が立ち昇り、紀田純一の身が白煙に紛れて消えた。
 そして始まる変態――ついに第四形態の鬼が顕現する。


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