おじろよんぱく、何者?

月芝

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994 タヌキと老オオカミ 転

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 タヌキ娘の拳が、蹴りが、ぐんぐん回転数を増していく。
 蒼雷の名を受け継いだのは伊達じゃない。
 苛烈な閃光が次々と放たれ、降り注ぐ。
 怒涛の攻撃に、老オオカミはさばき切れず。

「ぬぅ」

 かすかなうめき声にて老オオカミが顔をしかめる。
 タヌキ娘の拳が左の横っ腹に突き立ったせいだ。
 続けて右膝に蹴りも入る。
 老オオカミの腰がわずかに下がった。
 すかさず降りてきたアゴへとアッパーが飛ぶも、これはわずかに首をひねって避けられた。
 じょじょに攻撃は当たりはじめている。
 しかし決定打には至らない。
 まだ足りないのだ。
 だからタヌキ娘はさらに攻撃を重ねようとしたのだけれども、その時のことであった。

 ぬぅっとのびてきたのは老オオカミの右腕、大きく開かれた手のひら、ごつごつした武骨な指先が迫る。
 投げ技?
 掴まれまいとタヌキ娘は、さっと左に身をかわす。
 でも、避けた先はすぐ行き止まりになっていた。
 右腕に注意が向いているうちに、左腕ものばされていたのである。
 防御を捨て前面をさらす無防備な体勢にて、老オオカミがずいと近づいてくる。
 不用意な動きだ。だがその異様さ、不気味さに、えたいの知れない恐怖を感じたタヌキ娘は、すぐさま後方へと逃れようとしたのだが……。

「っ!」

 すでに退路は閉じられていた。
 突き出すようにのばされた老オオカミの両腕が、ぐるりとタヌキ娘をとり囲む。
 ならばしゃがんで腕の下をすり抜けようとするも、そこへせり上がったきたのは膝頭だ。
 老オオカミによる膝蹴り。
 膝蹴りは数多の格闘技のおいて取り入れられており、もっともリーチが短い蹴り技である。そのため牽制には不向きではあるが、モーションは最小にして高威力、体重も乗せやすいので、素人が放ったものでもかなりの威力となる。
 手頃かつ、隙がほとんどなく、そしてかわしにくい、実戦向きの攻撃で、接近状態にある時に真価を発揮する。

 大柄かつ筋骨隆々な老オオカミに抱きすくめられているような状態で、これをまともに喰らうわけにはいかない。
 かといって逃げられない。
 だからタヌキ娘にとっさにできたのは、両手を重ねては迫る膝頭を受け止めることぐらいであった。

 下手に十字受けなどをすれば、最悪、衝撃で腕が使い物にならなくなる。
 その点、手のひらで受ければ、柔らかく衝撃を吸収できる。
 とはいえ、すべての衝撃は吸収しきれない。
 なにより老オオカミとタヌキ娘とでは体格差がかなりある。

 地から天へと膝が猛然と突きあがってくる。
 受けた瞬間にふわり、タヌキ娘の両足が地面から離れた。
 腕だけでなく、背筋や足腰のバネを活かして、膝の一撃を受け威力を殺そうとしたのが裏目にでた。踏ん張りがきかない!

 浮かされたタヌキ娘、その身がたちまちギュッと締め上げられた。
 拘束したのは老オオカミの両腕だ。
 決まったのはプロレスでいうところのベアハッグ、相撲だとサバ折りともいう。または熊の抱擁とも。

 腕ごとカラダを絡めとられたタヌキ娘は、上半身の動きをほとんど封じられた。
 かつ抱きかかえられて宙に浮いているから、下半身もほとんど機能せず。足をバタつかせたとて、屈強な筋肉の壁にはね返されるばかり。
 ぎちりぎちりと万力が締まるように、囚われのタヌキ娘が締めあげられてゆく。そのちんまいカラダが厭な音を立てて軋む。悲鳴をあげたのは背骨と肋骨まわり。
 シンプルだが、それゆえに怪力を誇る者の手にかかれば、ひとたまりもない。

「がぁあぁぁぁぁ」

 たまらずタヌキ娘は表情を歪めるも、それで終わりじゃなかった。
 獲物を捕まえた肉食獣が、次にすることは何か?
 それは牙による口撃だ。
 この時、タヌキ娘の脳裏をよぎったのは、有名な童話の一節である。

『ねえ、おばあさんのお口はどうしてそんなに大きいの?』
『それはねえ……、可愛いおまえを食べるためだよ!』

 大きく開かれた老オオカミの口がタヌキ娘の首筋へと……。


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