おじろよんぱく、何者?

月芝

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1006 泡沫の夢、切れぬ糸

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 ズゥウゥゥゥゥゥゥゥン――。

 地の底から音が響いてくる。
 それとともに彼方より伝わってくるのは、闘気と闘気がぶつかり合っている気配だ。
 凄まじい気配にてビリビリと髭が震える。
 だというのに、いま己は何をしている?
 何をのんびり寝ているのか?
 忘れたのか? ここが戦いの場だということを……。

 己が不甲斐なさを自覚したとたんに、ずっと闇の中でゆらゆら漂っていた意識が急速に浮上してゆく。
 目覚めた宮本めざし、けれども目の前に倒すべき敵の姿はない。
 あったのは、よく知る男の背中であった。

「おまえ……は、佐々木アルフォート! なぜだ? どう……して……」

 かつては共に剣の頂きを目指し、幾度も刃を交え切磋琢磨した仲であったが、その繋がりを「裏切り」という最悪の形で断ち切ったのは、誰あろう宮本めざし自身である。
 ただ強さだけを追い求め、己の中の渇望を満たすために、ウルを主君と仰ぎ、これまでのしがらみの一切を捨て聚楽第に走った。
 だというのに、そんな自分がいま佐々木アルフォートにおぶられている。
 わけが分からない。
 宮本めざしは状況が呑み込めず、困惑を隠せない。それゆえに疑問の言葉がつい口から出たのであった。
 けれども佐々木アルフォートは無言のまま。黙々と足を動かし続けるばかり。

 宮本めざしが周囲に目をやれば、己同様に運ばれている者らの姿が多数あった。
 のびている英円やロストブラッドのガキどもが、佐藤晋太郎や弧斗羅美をはじめとした見覚えのある連中に各々担がれては搬送されている。
 集団は地上へと向かっている途中であった。

「敗れた者なんぞ、打ち捨てておけばいいものを」

 宮本めざしが吐き捨てれば、佐々木アルフォートは自身の背中にいる猫剣豪をちら見して言った。

「……それがたやすく出来るような性分ならば、誰がこんなところまで追いかけてなんぞくるものか。それに――」

 ――それに負けっ放しは性に合わない。
 ズルをした挙句に勝ち逃げだなんて認めない、許さない。

「だからちゃんと怪我を治したら、貴様には正々堂々と立ち合ってもらう。そして証明してやる。正しき剣の道を」

 一方的に宣言するなり返事も待たずに佐々木アルフォートは前を向く。
 だがその目には涙があった。
 ちゃんと怪我を治したら……自分が発したその言葉を実現するのが、いかに難しいことなのかがわかっているからこそ、視界が滲む。
 炎龍の剣という暴虐の力を手にし、獣外領域へと足を踏み入れた代償はあまりにも大きかった。たとえ佐藤晋太郎に敗れなくとも、遅かれ早かれ限界を迎えていたことであろう。

 そんなことは宮本めざしにもわかっていた。暮来博士からもたびたび注意は受けていた。
 だが止まれなかった。追い求めずにはいられなかった。
 最強の二文字を……。
 すべては泡沫の夢に終わった。
 だというのにそんな己を待つと言う。
 ふたたび剣を交えよう、存分に仕合おうと言う男がいる。

「……バカめが」

 宮本めざしはつぶやかずにはいられない。
 でもその声音は先ほどまでのとはちがっていた。

「ふん、おぬしだけには言われたくない」

 佐々木アルフォートはつぶやき返し、ややずり落ちていた友の体をしっかりと背負い直した。


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