おじろよんぱく、何者?

月芝

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1012 大古の亡霊

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 のびるにまかせてある縮れ髪は、砂塵舞う乾いた大地の色……。
 眉は濃く太い。ぎろりとこちらを睥睨する双眸は鋭く、目力凄く、琥珀色の瞳には憎悪の感情がありありと浮かぶ。頬は少し角ばっており、顎へとかけて描く線が強靭さを物語っている。
 彫りが深く精悍にて、佐藤晋太郎とはまたちがった男前だ。
 まとう寂寥、孤高な姿はどこか蛾舎泰造に雰囲気が少し似ている。
 世を厭い殺伐とした様は、宮本めざしと共通したもの。
 けれども全身から滲み出る野趣溢れるこれはなんだ?
 荒々しさが尋常ではない!

 ついにあらわとなったウルの素顔を前にして、ぱっとおれの脳裏に浮かんだのは一枚の浮世絵であった。
 江戸時代の浮世絵師・歌川国輝が「本朝英雄伝」で描いた八岐大蛇退治の一幕……。

「……スサノオ」

 つい口から零れたのは、天界きっての暴れん坊の名であった。
 何をするでなし。ただそこに佇んでいるだけで気圧される。

 圧倒される存在ならば、おれはちらほら知っている。
 鬼族の女王である七宝院白瑠璃や、桜花朱魅ら族長級しかり。
 金剛九尾の戸隠呉羽や上位の天狗らはもとい、各種族のトップ級はみな軒並みヤバい。
 身近なところでは洲本葵を筆頭に、うちのビルのオーナーである花伝美咲や桔梗の母親である竜胆の姉御、人魚族の夜光の母親である乙姫さんもかなりキテる。
 ……あれ? なにげに女性ばかりなような気がしなくもないが、まぁ、それはさておき、とにかく世の中上には上がいる。おっかないヤツなんざごまんといる。探偵業をしていると厭でもいろんな凄いヤツと関わることになる。
 だがしかし、ウルはそのどれとも毛色が違う。

 おれはちらりとヤツの足下を見る。
 芽衣はいまだ倒れ伏したまま。ぴくぴくしているから死んじゃない。おそらくは一瞬で意識を刈り取られた衝撃で動けないのだろう。
 どんな攻撃を喰らったのかはわからないが、あの様子ではタヌキ娘が復活するにはもうちょっとかかりそう。
 ならばとおれは得意の口八丁にて時間稼ぎをすることにした。

「おまえはいったい何なんだ?」

 おれが問いかけると、ウルはわずかに口角を歪め、目を細めた。
 その態度からして、こちらの意図なんぞとっくにお見通しといったところだろう。
 なのにウルは乗ってきた。
 残された時間はさほどない。傾星の儀計画が成就するまでの、退屈しのぎといったところか。
 ウルは言った。

「その言葉、そっくりおまえに返そうぞ、尾白四伯。おまえこそ何者なのだ?」

 まさかの質問返し。
 だがおれはご存知の通り記憶の大半を喪失している。
 よって自分自身でも己が何者かなんてわからず、返答に窮す。
 そんなおれをウルがにやりと笑う。こちらの情報なんぞはとっくに把握済み。ろくに答えられないのがわかった上での、意地の悪い問いかけであったのだ。
 つい膨れっ面になるおれに、ウルが言った。

「まぁ、いい。いまとなってはすべてどうでもいいことだ。で、我の正体だったか? 我か、我は大古に滅んだマンモスの生き残りよ」

 マンモス――。
 それは哺乳綱長鼻目ゾウ科マンモス属に属する種の総称にて、大古に滅んだはずの種族である。
 遥か昔、四百万年前から一万年頃まで生息していたとされているが、諸説あり。
 恐竜たちの時代が終わったあと、地球上に君臨した最大級の哺乳類である。
 背高は十メートル以上もあり、体重は優に二十トンを超える。
 牙は根元回りで七十センチほどもあり、長さは五メートル近く、重さは百キロにもなる。
 長く強靭な鼻は木々をたやすく薙ぎ倒し、太く逞しい四肢は立ちはだかる者を容赦なく踏み潰す。全身を覆う長毛とぶ厚い皮膚、蓄えた皮下脂肪と筋肉は、さながら鎧のごとし。
 その威容は歩く城塞にて、その進撃を止める術はない。対峙した者は己が不運を嘆かずにはいられない。
 なおゾウとは類縁であるが直接の祖先ではないので、あしからず。

 現在の地球上にはいないはずの存在。
 古代の王者を前にしておれは「まさかあんたもロストブラッドの連中と同じ……」とつぶやけば、ウルよりキッとにらまれて「あんな出来底ないどもといっしょにするな!」と怒鳴られた。

「我は遺伝子技術で復活したわけではない。本来ならば二度と目覚めることのない、永遠の眠りをさまたげられ、無理矢理に叩き起こされたのだ!」

 憤怒の形相にてウルはそう吐き捨てた。


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