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020 罪の碑(いしぶみ)
しおりを挟む「もういいですよ」とのウマの白角人の声。
おそるおそるまぶたを開けると、そこは蔓に覆われた古代遺跡のような場所。
ざっくり亀裂が入って欠けた大きなお椀型の建物。中心部には根元近くで折れたとおぼしき塔の姿がある。周辺には瓦礫の山と深くえぐれた大地によって、複雑な陰影が浮かんでおり、まるで黒々とした大蛇が何匹ものたくっているかのよう。
すべてがくすんでホコリっぽく、心なしか空気までもが乾いている。
ふり返って見上げた空には、鏡のような水たまりが浮かんでいる。
たぶんあれがさっき通り抜けてきたところ。
「ここはどこなの?」
「ここは墜ちた地。永劫に許されぬ罪が刻まれた碑(いしぶみ)」
意味深なウマの白角人のお言葉。なんとも仰々しい。
アンやワガハイがよろこびそうな言い回しだけど、珍しく彼女たちは沈黙を守っている。
おそらくは察したのであろう。白角人の様子からして、とてもちゃちゃを入れていい雰囲気ではないということを。
ウマの白角人が遺跡の敷地内を進む。
あの欠けたお椀型の建物を目指しているみたい。
そのさなかのこと。
彼女の背に身を預けて運ばれていたわたしは、自分のすぐそばで起こった怪現象にビクリっ!
視線の先では景色の一部が歪んでいた。
ゆらゆらゆらゆら。まるで蜃気楼のように。
よくよく注意して周囲を見てみれば、同じような現象がそこかしこにて起こっている。
大小の歪みが生じては、じきに収まって、またちがうところで発生しては消えてゆく。
泡沫のごとき歪み。
わたしが驚いていると、ウマの白角人が教えてくれた。
「あれもまた罪の残滓。無視しなさい。触れたとて害はありませんから」
先ほどからしきりにくり返される「罪」とはいったい……。
この場所で過去に何が起こったというのだろうか。
◇
お椀型の建物の入り口は崩れており通れない。
脇にある大きな割れ目から中へと入る。
薄暗い内部には光の筋がいくつも乱立している。その正体は抜けた天井や壁にあいた穴などから入ってくる陽光。それらが空気中に漂うホコリを照らしキラキラしている。冬の早朝の細雪(ささめゆき)のようでキレイ。
視界のあちらこちらを這いずり回っている蔓。かなりしっかりしており丈夫そうだ。もしかしたら、これらが建物の崩壊を防いでいるのかもしれない。
そんな場所を臆することなく奥へと向かうウマの白角人。
壊れているところを迂回して進む。そのたびに右へ左へと曲がるものだから、わたしはすぐに自分がどのあたりにいるのかわからなくなった。
まるで迷路のように入り組んで複雑な廃墟内部。
なのにすべてを把握しているらしく、白角人の歩みに迷いはない。
彼女はわたしが話しかけると会話には応じてくれる。
白角人がわずか十人足らずしかおらず、その姿はみなバラバラだということ。ただしツバサを持つ者と人型はいないこと。他種族からは敬われていることなどなど、いろいろと教えてくれる。
でも肝心なこと、この建物の奥にてわたしを待つ者について言及するとすぐに口をつぐんだ。
まるでその名前を口にするのも畏れ多いかのように。
◇
唐突にひらけた場所に出た。
そこはあの折れた塔の根元とおぼしき場所。つまりはこの建物の中心部。
射し込む陽の加減か、塔の残骸を挟むかのようにして左右に陰と陽がくっきり分かれている。陰の部分の影が濃い。そして陽の部分の光が薄い。
だからであろうか。わたしの目には黒と白ではなく、黒と灰色ぐらいの色味に映る場所。
ウマの白角人から降りるように言われて、わたしは彼女の背から降り立つ。
不安そうに彼女を見ると「大丈夫です。さぁ」とうながされた。
わたしは覚悟を決めて塔の方へと一人向かう。
するとほんの数歩ほど近づいたところで聞こえてきたのは「じゃらん」という音。
音が聞こえたのは影の奥から。
わたしがビクリとして立ち止まり固まっていたら、ふたたび「じゃらん」と音が鳴った。
影の底から何かがぼんやりと浮かび上がってくる。
白い手が見えた。とても細い腕。
続いて見えたのは白い足。裸足だ。
やがて全身があらわとなる。痩せているというよりも華奢なのか。
上下ひとつづきの衣もまた白い。
両手両足を黒い鎖で繋がれた少女。
地につきそうなほどに長い髪までもが白い。
その少女の顔には白角人と同じ仮面があった。
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