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027 金狼将軍
しおりを挟む数の劣勢を覆すには、詭道をもってあたるしかない。
逆に数の優勢を活かすには、包囲殲滅するのが定石。
それがいままでの海の戦いであった。
しかし砲撃という新たな戦い方が加わったことで、状況は一変した。距離の概念は根底からくつがえり、位置取りの重要性は格段に増した。
面による一斉攻撃によって張られる弾幕。
艦隊の大列はさながら難攻不落の城塞と化す。
どうにか誘い出して各個撃破したい神聖ユモ国・商連合オーメイの連合艦隊ではあったが、レイナン帝国側はなかなか挑発に応じない。
それでも短慮や血気にはやる者はいる。どうにかそれらを叩きつつ、一方で敵が大軍ゆえに抱えているであろう動きの鈍さや、兵站という弱点を狙うも、ことごとく失敗に終わった。
軍が正しく軍として機能している。当たり前といえば当たり前だが、それを刻一刻と環境が変化する波間にてソツなくこなし続けることが、いかにムズカシイことか。なのにレイナン帝国軍は、それをほぼ理想に近い形で維持している。つけ込む隙がまるで生じない。
補給を担う部隊、それ自体もまた強固な一軍であった。しかも練度が異様に高く、しかけた側がことごとく返り討ちにあってしまう。
そうこうしているうちに、いつしかレイナン帝国の艦隊が完璧な円陣となっていた。
少数の敵を包囲するのではなくて、カメのように縮こまり大軍でもって全方位を抑えた固い守り。
三重となった輪が、適宜入れ替わることで、補給や休憩をとり、見張りの目が途切れることも攻撃の手が止まることもない。
圧倒的火力や数を頼みにいっきに蹂躙するのではない。
あくまで堅実な戦運び。初戦ゆえに勢いをつけたいと考えるのがふつう。なのにほんのわずかな勇み足もしてこない。
驕ることもなく、油断することもない。
ただ粛々と戦を進めていく相手に、老提督ササノハは戦慄を禁じ得なかった。
薄皮をむくようにして、消耗をしいられる神聖ユモ国・商連合オーメイの連合艦隊。じりじりと追い詰められてゆく。
◇
金果暦九百八十二年、杜富の月の二十七日、未明に始まった海戦。
それが終了したのは翌杜深の月の一日夕刻のこと。
四日にもおよぶ激闘。
彼方に沈む夕日が不気味なほどに赤かった。
茜色に染まった海が、まるで散って逝った神聖ユモ国・商連合オーメイの連合艦隊の流した血のようであった。
先ほどまでの喧騒が幻想であったかのように、静かとなった戦終わりの海。
その様子を旗艦の艦橋から見つめていたのは、金色の瞳と長い髪を持つ軍服姿の女。
無言でたたずむ姿は凛々しくも美しい。見る者を魅了してやまぬ美貌は、まるで地上に舞い降りた天女のごとし。
しかしそれはあくまで見た目だけのこと。その内に宿しているのは苛烈な紅蓮。
数多の敵を屠り、蹂躙し、蹴散らし、ねじ伏せ……、怨嗟を聞き流しつつ亡者どもで築かれた道をひたすら歩いてきた彼女は、第十三王女ラクシュ。
骨肉相食むレイナン帝国の熾烈な次期帝位争いにおいて、あと一歩のところにまで迫っているラクシュ。このたびの遠征が成功すれば、建国以来二人目となる女帝が誕生することであろう。
そんな彼女のことを、ひとは畏怖と羨望を込めて「金狼将軍」と呼ぶ。
ラクシュが海へと視線を向けたまま、部下からの戦闘詳報に耳を傾けていると、ともに報告を受けていた側近の一人がしみじみつぶやく。
「しかし敵もさるものですな。あれしきの寡兵で四日も我らを足止めするとは……」
この言葉にラクシュも小さくうなづき同意を示す。
「あぁ、陣容は寄せ集めであったのに、なんとも巧みな用兵をしていた。粘り強く、老獪だが、ときに勇猛果敢で、隙あらばだいたんにこちらのノド元に喰らいつこうとする。
神聖ユモ国はずいぶんと泰平を貪っていたと聞いていたが、長く続くには続くなりの理由がちゃんとあるということなのだろう」
「ええ、油断なりません。今回の戦いは将兵らにとっても、いい教訓になったことでしょう」
超大国の軍はまぎれもなく精強。だがそれゆえに当人たちも意識しないうちに、底の底へと堆積していたのが慢心。
数それ自体が根拠のない安心を産み出す。充分な実績が自信となることはよいが、それが驕りとなってほころびとなるのは言語道断。
そんなシロモノを払拭するのにひと役買ってくれたのが、今回の戦い。
「そうだな。……して、敵将の名はなんといったか」
「たしかササノハと」
「ササノハ、その勇将の名前はしかと記録しておくように」
「はっ」
戦闘詳報も終わり、あとのことを部下たちにまかせ艦長室へと一人戻ったラクシュ。
棚から酒瓶をとり出し、窓辺にグラスを二つ並べた。
芳醇な香りのする琥珀色の液体を両方に注ぎ、うち一つを手にとる。
「さぞや無念であろうな、ササノハ殿。だが貴殿はまだ運がいい方なのかもしれん。なにせこれから自分の国が蹂躙され、滅ぶところを目にしなくてすむのだから」
グラスの中身をひと息にあおったラクシュ。「ふぅ」と熱い吐息をもらす。
「さて、貴殿の奮戦が吉とでるか、凶とでるか。命懸けの諫言が皇(スメラギ)の心に届いてくれれば、こちらもこれ以上の無用な血を流さずにすむのだが」
窓をわずかに開け、もう一つのグラスを海へとかざしたラクシュがその手を返す。
とたんに酒が潮風にまぎれて、海原へと散った。
沈みゆく夕陽の残光を受けて雫がきらめく。
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