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63 長者
しおりを挟むここはコヒニ宅。時刻は土曜日の昼下がり。
父母娘にペットが、揃いも揃って無口につき、いつもは火の消えたような静かな場所。
だが今日は珍しく女の子たちが集って、ちょっと賑やか。
クラスの女子たちが集まって、学級新聞を仕上げていたのだ。
持ち回りにて、今回はミヨちゃんやヒニクちゃんの所属する班の番。
割り当てられた紙面に掲載する記事を、黙々と書き上げていく五人の子どもたち。
着こなしのワンポイントアドバイスなどのファッション関係の記事は、クラスのオシャレ番長ことアイちゃんの担当。お母さんはデザイナー、姉は読者モデル、その影響をもろに受けている彼女は、ちょっと大人びており、ことオシャレには一家言を持つ。
ドッジボールのコツを、簡単なイラストなどを交えて説明している記事を書いていたのは、運動神経バツグンなリョウコちゃん。ポニーテールと脚線美がトレードマークの活発な気質ながらも、実はヤンチャな弟の面倒をよくみるお姉さん。男勝りなくせして、わりと乙女な一面を持つ。
カゼが流行りそうなので、手洗いとうがい、ハンカチやティッシュを持つようにとの、衛生関係をうったえる地味な記事を書いていたのは、チエミちゃん。容姿、能力、考え方もろもろすべてが平均値。それゆえに彼女を軸に考えると間違いがないので、教師たちからは裏で「偉大なる凡」と呼ばれている子。当人はこの年にして、自身のことを悟っており、人生に過剰な期待を抱くことは、とっくにヤメている。
オススメの少女マンガを紹介する連載記事を書いていたのはミヨちゃん。その道に造詣が深い彼女は、初回時が好評につき、クラスでただ一人、学級新聞に連載を抱えている身。へんに斜に構えた見方もなく、真摯に作品と向き合い、素直な言葉で語られる書評は読む者の心をゆり動かす。
クラスの片隅に張られた学級新聞の記事が、最寄りの本屋の少女コミック部門の売れゆきを左右していることを、関係者らが知るのは、ずっと後のこと。
毎回、書いているせいか、手慣れた調子でサラサラと筆を走らせているミヨちゃん。
その隣で、黙々と「ゾウガメの飼い方」を書いていたのはヒニクちゃん。本名をコヒニクミコといい、この家の一人娘。ちなみにこの記事に需要はない。なにせクラスどころか、学校でもゾウガメを飼っているお宅は、コヒニ家だけなのだから。
一時間ほど作業をしたところで、いったん休憩となり、ヒニクちゃんの自室からリビングへと移動する一行。
「それにしても、何もない部屋よね」
極端に物が少なく、男前すぎるインテリアなヒニクちゃんお部屋。とても同年輩の部屋とは思えない様子を思い出し、アイちゃんはちょっと呆れ顔。
「らしいっちゃ、らしいかな。私はわりと好きかも」とはリョウコちゃん。弟が散らかした後の片づけに、四苦八苦しているお姉さんからすると、あれぐらいスッキリした空間には、ちょっと憧れている。
「でもお人形さんはかわいいよね。お母さんの作品なんでしょ」
チエミちゃんが、あの部屋の唯一といってもいい、女の子らしいポイントを褒めると、ミヨちゃんが「そうだねぇ」と同意する。彼女の口から、昔からあんな感じだったと聞いて一同が驚いていると、お茶の準備をしていたヒニクちゃんがリビングに姿を現す。
休憩がてら、とりとめのない話をしていた一同。
するとテーブルの隅に置いてあった新聞の紙面に、気がついたアイちゃん。「この人ってIT長者なんだってね」
そこには時流にのって一躍、時の人となって大成功した人物の記事があった。彼の会社が最短で上場を果たしたとか、総資産額がうんたらといった景気のいいことが書かれてある。
みんなしてスゴイよね、と感心していたのだが、ふとミヨちゃんがこんな言葉を口にする。
「スゴイけど、そんなにお金をためて、どうするのかな?」
頭の中で、思いつくかぎりの贅沢を妄想する乙女たち。だがそれらをすべて足しても、あまりある資産に、どうにもピンとこない。
どうする? と言われて、どうしよう……、と我がことのように心配顔を浮かべる。
するとおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「商いは飽きない、とも言う」
もっと、もっとと、人の欲は尽きることなし。
かといって満足したら、前進も発展もない。
持つ者には持つ者の苦悩が、持たざる者には持たざる者の苦悩があると思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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