上 下
78 / 1,003

78 ヒゲ

しおりを挟む
 
 放課後の図書室。
 今日はヒニクちゃんが図書係のお仕事の日。
 自他共に認める、極端に無口無愛想な性質にて、受付業務は無理と先生が早々に判断。
 かわりに上級生の指示に従って、返却された本を棚にもどしたり、棚の整理をしたり、掃除をしたり、ちょこまかと忙しい。
 肩口で切り揃えた黒髪をゆらしながら、小さな体が行ったり来たり。
 華奢な見た目に反して、パワフルな友人の働きぶりを横目に、ミヨちゃんは図書室にて、本を読んで仕事が終わるのを待っている。よほどの用事でもない限りは、友達を置いて一人で先に帰るという選択はしない、義理堅い小学二年生。

 そんな彼女が暇つぶしに選んだのは、真っ赤なお鼻のトナカイさんとサンタさんとの物語。
 本を開くと歳月を経た印刷物が放つ、独特の匂いが、ぷんと漂い鼻先をくすぐる。なにげに貸しカードを見てみると、最後に貸し出されたのは五年以上も昔。ずいぶんと長いこと棚で眠っていたようだ。
 つまらなくて人気がなかったのか、それとも埋もれた名作か……。
 少々、不安になりながらも、ミヨちゃんは一ページ目をめくる。
 過労がたたって倒れたトナカイとサンタ。このままでは世界中の子どもたちが、寂しいクリスマスを迎えることに! そこで孫世代が立ち上がって悪戦苦闘。なんとかピンチを乗り越えるという海外の児童文学。
 舞台が外国なので、お巡りさんたちが子ども相手でも容赦ない。深夜に住宅街をうろついていたら、不審者扱いにてバンバン発砲されるシーンにドキドキ。プレゼントを狙う悪い奴らとの追いかけっこにハラハラ。協力して数々のトラブルを乗り越えていくシーンに胸を熱くし、最後の最後の大どんでん返しに驚きつつ、読了。
 思った以上にジェットコースターな展開の連続。ちょいちょい過激な場面もある。どうやら面白いけれども、子どもたちに勧めにくい側面を持つ作品であったようだ。

 ミヨちゃんが「ふぅ」と息をはき、本を閉じて顔をあげたら、すでに図書室の中は、かなりオレンジ色に染まっていた。棚と棚の間の薄闇も、心なしか濃さを増している。
 利用者もあらかた帰ってしまったらしく、閑散としている。
 壁際にかけられた丸い時計を見ると、そろそろ閉館の時刻が近づいていた。

 図書係の仕事を終えたヒニクちゃんと、手をつないで仲良く下校。
 土手沿いの遊歩道にて、すれ違った白ヒゲの老人に会釈をされるミヨちゃん。お年寄りキラーの異名を持つ彼女。ご高齢の友人知人が多数につき、街中を歩いていれば、よく声をかけられる。いつものことなので、ニパッと微笑み、悩殺しておく幼女。
 そんなことがあった後に、ミヨちゃんが思い出したのは、先ほど読んだサンタさんの物語。

「サンタさんや、さっきのおじいちゃんもそうだけど、ヒゲがすごいよねぇ」小首をコテンとかしげつつ、ミヨちゃんは続けて言った。「そういえば……、女の人には、ヒゲって生えないの?」

 髪の毛はのびる。鼻毛ものびる。おじいちゃんの中には、耳から毛が生えている人もいる。あちらこちらからワサワサ生えるモノならば、女の人もとミヨちゃんは考えた。
 すると長らく閉じられていたヒニクちゃんの口が、おもむろに開いた。

「生えない、と思う」

 足下を見てみて?
 人がよく歩いている道に、草は生えない。
 女性の口の辺りも、これと同じだと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む

処理中です...