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87 正直者
しおりを挟むある日のこと。
ミヨちゃんがお母さんといっしょに、買い物へと行った帰り道。
近所にて井戸端会議に捕まった。こうなると長い。だから一人で帰ろうとしたのだが、そこで聞こえてきたのは「おたくの旦那は正直者で羨ましい。うちなんて言い訳と嘘ばっかり」との愚痴。
自分の父親が褒められたことで、うっかり足を止めてしまったのが、運の尽き。
結局、席を外すタイミングを逃して、一時間近くも、大人たちのとりとめのない話に付き合うことになってしまった。
またべつの日のこと。
買い物帰りに、以前と同じように井戸端会議に捕まってしまう。
曲がり角の死角にてたむろする主婦たち。母子はこれに出合い頭に遭遇。まるで蜘蛛の巣のように絶妙な位置に張られたトラップ。あっという間に二人は絡めとられる。幼い脳裏にジョロウグモという単語が浮かぶ。
その場での話題は、とあるご婦人のこと。「あの人はズケズケ言いたい放題。キツイ性格だ」などと、あくまで噂話のていを装った陰口合戦に、思わずミヨちゃんのお母さんも苦笑い。かといって下手なことを口にすれば、それを元にして、あることないことを言いふらされかねない。「あそこの奥さんが言っていた」と火元に捏造されてしまうから恐ろしい。ゆえに対処は慎重に慎重を重ねる必要がある。
まるで綱渡りのような母のやりとりを、ハラハラと見守るミヨちゃん。
そんなことがあって、「まいったよ」とグチるミヨちゃん。
話し相手は幼稚園からの大の仲良しのヒニクちゃん。ちなみにこれはあだ名。いろいろあって、これが愛称としてすっかり定着。当人もまるで気にしていない。
二人は下校途中に、ちょっと公園に寄り道して、ブランコ遊びに興じている。
座ってのんびり揺られているミヨちゃんの隣では、立ちこぎにて豪快にスイングしているヒニクちゃんの姿があった。
「でもちょっとヘンだよね。前は正直者がうらやましいって言ってたのに、こんどは正直な人がダメだなんて」
丈夫なはずの鎖がギシギシ悲鳴をあげるのもおかまいなしに、こぎ続けていたヒニクちゃん。
不意にその手が鎖から離れる。
ブランコの勢いにて前方へと大きくジャンプ。
小さな体が柵を飛び越え、向こう側に見事な着地を決める。
くるりと振り向いたヒニクちゃん。その口がおもむろに開いた。
「正直と考えナシは違う。あと沈黙も大事」
男は女がいるから嘘をつく。
女は女がいるから嘘をつく。
男と女では、本音の度合いのケタが違うと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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