ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

文字の大きさ
106 / 1,003

106 一夜漬け

しおりを挟む
 
 醤油が塗られた焼トウモロコシから、香ばしい煙が漂う。
 焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、ソースの匂いが胃袋を刺激したかと思えば、綿菓子やクレープの甘い香りが心を惑わす。リンゴ飴とミカン飴とイチゴ飴が軒先に仲良く並び、豪華な景品が客の目を惹くクジ引き、その他にも魅惑の屋台がいっぱい。
 本日は、とあるお寺にて、年に一度だけ、秘蔵の仏像が御開帳される日。
 それに合わせて門前の通りは、祭りのような賑わい。

 屋台に後ろ髪ひかれつつ、お寺の本堂を目指していたのは、和装の老婆に連れられた二人の女の子。
 きょろきょろと屋台に目移りするたびに、キャラメル色のくせっ毛のはしが、ピコピコゆれていたのはミヨちゃん。仏像にはまったく興味はないが、屋台には興味津々な小学二年生。
 ちょっと危なっかしいミヨちゃんの手をしっかりと握って、はぐれないようにしていたのはヒニクちゃん。黒髪を肩口で切り揃えた、お人形のような子。さりげなく視線を動かし、数多ある屋台の中から、コレはというところ物色している。ちなみに寺社仏閣には、そこそこ興味あり。お母さんが人形作家をしているせいか、たまに仏像見物にも出かけるので、ついて行くうちにそれなりに造詣を深めた。

「ほら、ミヨ。あんまりふらふらしない。後で買ってやるから」

 困ったもんだと苦笑しつつ、自分の孫娘をたしなめたのはミヨちゃんのおばあちゃん。本日の引率役にして、まだまだかくしゃくとしており、サークル活動に勤しむパワフルな人。和服を着て、楚々と歩く姿が様になっている。あんまりにも決まっているもんだから、外国の観光客から記念撮影を頼まれたほど。

「着こなしのコツかい? そうさねぇ、私の場合は友達が芸者だったもんで、その影響だろうさ。『やれ、だらしない』と若い頃には、それはもうチクチクやられたもんさ。おかげで、すっかり身についちまったよ」

 ミヨちゃんにたずねられて、そう答えたおばあちゃん。
 ちょっとしんみりして、まるで故人を偲ぶかのような口ぶりだが、相手はバッチリ存命中。わりと近所に住んでいるので、幼女二人も顔見知り。みんなからは「やっこ姉さん」と呼ばれて、一目も二目も置かれている。これまたミヨちゃんのおばあちゃんに輪をかけたような、かくしゃくぶり。粋でいなせな三味線の師匠の老婦人。

 秘仏を拝もうと並ぶ参拝者の列にて、待つことしばし。
 ようやく順番が回って来て、ご対面。
 思ったよりも小さい仏像。距離も五メートルほども離れており、堂内も薄暗いせいか、いまいちよく見えない。
 熱心に拝むおばあちゃんの隣にて、見まねにて手を合わせる幼女たち。
 ちらりと周囲を見まわして、ぽつりとミヨちゃん。

「おじいちゃんとか、おばあちゃんとかって、お寺とかによく出かけるけど。いったい何が楽しいんだろう」

 親友のつぶやきを聞いたヒニクちゃん。
 その口がおもむろに御開帳。

「試験前の一夜漬け、みたいなモノ」

 テスト前の追い込みと称して、徹夜覚悟で頑張る学生たち。
 せっせと寺社仏閣を巡っては、熱心に拝む老人たち。
 いくつになっても、直前になると、焦っちゃうんだと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...