153 / 1,003
153 旧交
しおりを挟むその日は朝から雨だった。
下校時、お気に入りの赤い傘を手に、水溜まりを避けて歩いていたのはミヨちゃん。ピンクの長靴はおろしたばかりなので、ちょっと汚したくない小学二年生。
隣にて大きな透明のビニール傘をさしているのはヒニクちゃん。どうしてこのような愛想のないモノを使用しているのかというと、愛用の傘が、ペットのポン太に踏まれて、骨がペッキリいったから。
風はない。
天から真っ直ぐに地面へと落ちてくる雨粒。それが二つの傘の斜面を転がり、ぽたりぽたりと、足下へと落ちては、ほんの少しだけはねる。
どこか温かな雨、心なしか気温も高く、むゎんとした陽気を運んでくる。
水道の蛇口から流れ出る水とは違う、匂いがプンと鼻先をかすめる。
そんな世界の中で、ミヨちゃんが口にしたのは、自分のお父さんが遭遇した、ちょっとだけ奇妙な話。
つい先日のこと。
ミヨちゃんのお父さんのところに訃報が届く。
大学時代の旧友で、当時は非常に仲良くしていたのだが、卒業と同時に、お互いが忙しくなり、すっかり疎遠になっていた。年に一回、顔を合わせばいいほど。だが社会人ではそのようなこと珍しくもない。
それでも自分のところに次男坊が生まれる頃までは、か細いなりに交流の糸があった。それがプツリと途切れたのは、末娘のミヨちゃんが生まれた辺り。
やりとりしていた年賀状も絶え、連絡がつかなくなり、それっきり……。
ずっと気にはなっていた。だが自分の生活も忙しく、冷たいようだが、構っている暇がなかった。
旧友の訃報を聞いて、葬儀へと駆けつけたミヨちゃんのお父さん。
式はこじんまりとしたもので、近親者のみが参列する中に混じって、お焼香をあげ、残された奥さんに、お悔やみを言うと、「ヤマダさんですね? 主人から言伝があります。少しお待ちください」
席を外した奥さんが、戻ってきたときには、その手にご祝儀袋があった。
葬儀の席には場違いな、金銀の鶴をかたどった豪華な水引、袋の表面には出産祝いの文字。
「末のお嬢さまのときに、渡しそびれていたモノだそうです。勝手をして不義理を働いて、申し訳なかったと」
故人の遺言とともに渡された祝儀。
香典を渡して、ご祝儀を受け取ることになろうとは。
これにはミヨちゃんのお父さんも、いささか面喰らった。
結局、こんなことがあり旧友が「勝手」といった内容は聞きそびれて、わからずじまいのまま。
妙に義理堅い故人を偲びつつ、モヤモヤとしたものを抱えながら、家路につく。
そして帰宅後に、ミヨちゃんのお父さんは、更に困惑することに。
祝儀袋を開けたら、なんと! 十万円も包まれてあるではないか。近しい親戚だとか、よほど特別な間柄でもない限り、友人の出産祝いにポンと出す金額ではない。
何が故人にそうさせたのかが、わからない。そして、もっとも困ったのが香典との兼ね合い。こちらは三万円しか包んでいないのに、お土産に十万円も貰ってしまった。
お悔やみに行って、お祝いされて、起こった出来事のゆり幅が大きくて、かなり頭が混乱することに。
「おばあちゃんは、『そんなもん、黙って受け取っとけばいいんだよ』なんだって」
男と違って、女はグダグダ悩んだりしない。そのようなことを言っていたとミヨちゃんが話し終えたところで、おもむろにヒニクちゃんの口が開いた。
「十ひく三で、ラッキーセブン」
男は、なにかと物事に理由をつけたがる。自己を正当化するために。
女も、もちろんそれは同じ。
ただし、あくまでアクセサリーとしてだと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
0
あなたにおすすめの小説
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冒険野郎ども。
月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。
あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。
でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。
世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。
これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。
諸事情によって所属していたパーティーが解散。
路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。
ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる!
※本作についての注意事項。
かわいいヒロイン?
いません。いてもおっさんには縁がありません。
かわいいマスコット?
いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。
じゃあいったい何があるのさ?
飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。
そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、
ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。
ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。
さぁ、冒険の時間だ。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる