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159 チョコ

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 基本的に学校へお菓子を持ってくるのはダメ。
 だけどバレンタインデーとかの、特別な日にだけは許可されるようになったのは、伝説の女子のおかげ。

 かつて、校内にて好きな男の子に、勇気を出してチョコを渡そうとしていた女の子がいた。だが持ち込んだ品を運悪く男性教諭に見つかってしまい、没収されてしまう。
 放課後には返してくれるという話なのだが、一時的にとはいえ自分の手を離れてしまったチョコ。それを想うと、なんとも悲しい気持ちになって、ついポロポロと目から涙が溢れるのを止められない。
 これを知り激怒したのが、その子の友人であった伝説の女子。
 ずんずん単身にて職員室に乗り込み、丁々発止の末に、頑迷な大人たちを説き伏せ、乙女の権利を勝ち取った。
 それ以来、さすがに学内で食べるのはダメだけど、持ってきて手渡すぐらいは大目にみるということに落ち着いた。

 それから月日は流れ、いまでは女友達同士で交換する「友チョコ」まで出現し、おかげで女子はこのシーズンになると、かなりてんてこまい。
 オシャレ番長のアイちゃんは、ファッションデザイナーをしているお母さんや、読者モデルをしているお姉ちゃんが、関係各所にて大量にばら撒くので、家にて大量購入した品を分けてもらい、コレを友達に配ってすませる。
 リョウコちゃんは、お父さんや弟には質より量だと無骨な板チョコを渡し、友人らにはイチゴミルク味のキャンディ。
 チエミちゃんは、市販の袋詰めのひと口チョコを、いくつか組み合わせた小袋を用意。
 ミヨちゃんとヒニクちゃんは、ミヨちゃんのお母さん監修の下、いっしょに手作りした大きなチョコチップクッキーを、せっせと配った。

 女子たちが和気あいあいと盛り上がっているのを、指をくわえて、うらやましそうに眺めている男子たち。
 もちろん、早熟な女子の中には、後でこっそりと意中の相手に手渡す者もいるのだろうが、バレたら冷やかされるのがオチなので、内緒。
 すると博愛精神に溢れた女子が「しょうがないなぁ」とか言いながら、哀れな子羊どもに施しをするなんて展開もあったりして、なんとなくいい雰囲気の教室内。

 だがその片隅にある教員用の机では、三十路手前のヨーコ先生が、ちょっとやさぐれていた。
 生徒たちから慕われている女教師の机には、すでにお菓子が山積み。
 立場上、受け取るのはいかがなものかと、なんて無粋なことは云わない。笑顔にてありがたく頂戴する。これもまた生徒たちからの信任のバロメーター。多いにこしたことはない。しかし無邪気に喜んでばかりもいられない。
 なにせもらうたびに、教え子たちから、「先生、だいじょうぶ、次があるよ」とか「先生、けっこんだけが人生じゃないよ」とか「陽はまたのぼる」とか「独身貴族ゴージャス」とかの慰めの言葉をかけられるのだからたまらない。
 先生が窓から校庭を眺めて、遠い目をしていると、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「女が男にモテるコツは、ズバリ、真逆」

 自分の父親や男兄弟などの前で、見せるような格好をひた隠し、
 するような話題は徹底的に避け、仕草や態度も控える。
 あとは余計なことを云わないだけでいいと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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