161 / 1,003
161 にわかの海
しおりを挟む教室が朝から沸いている。話題の中心はサッカー。
日本代表の快進撃が続いており、それに合わせて世間での注目度もググンとアップ。
かつてないほどの盛り上がりをみせているというわけ。
流行に敏感な子どもたちも、ちゃっかり便乗中。
おかげでサッカー少女のリョウコちゃんは、あちこちからお声がかかって引っ張りダコ。解説やらルールの説明やら、見所や意見などを求められている。
その様子を横目にしながらアイちゃん。「サッカーにはあまりきょうみないけど、ゴールキーパーの人はカッコいいわね」
オシャレ番長の注目しているキーパーは、長身にて、スポーツマン特有の引き締まった肉体と、鋭い眼光の持ち主。気合にて好セーブを連発しては、チームのピンチを何度も救ってきた守護神。
「私はフォワードの彼がいいかなぁ」
チエミちゃんが押したのは、ちょっと小柄ながらも、卓越したドリブルテクニックと、左右ともに使える精密なキックを誇る選手。スポーツマンのわりにはガツガツとした粗がなくて、ハニーフェイスの優しいお兄さん風なのが、可愛いと評判の人物。
アイちゃんとチエミちゃんが、いい男談義に華を咲かしていると、他の女子らも混ざってきての座談会に。
こんな感じで盛り上がる教室の片隅にて、コソっとしていたのは二人の女の子。
昨夜はサッカー中継そっちのけで、特番の「特捜警察二十四時。震撼! 犯罪列島」をガッツリ見ていたミヨちゃん。
昨夜はサッカー中継そっちのけで、父の書斎にて「奇怪動物植物大百科」なる書物を紐解いていたヒニクちゃん。ちなみに本の中身は、空想上のモノから実在するモノまで、昔の人が独断と偏見と誤った知識にて書き連ねた、いわゆる奇書の類である。ヘンテコなイラストにヘンテコな解説。読み始めると、どうにもページをめくる手が止まらなかった。
商店街にある古本屋の軒先の百円コーナーで見つけて、母におねだりして買ってもらったのだが、久しぶりに大当たりだと、ヒニクちゃんも大満足の一冊。
と、そんなワケで、二人して完全に流行に乗り遅れてしまった。
これがなかなかの孤立感。なんともわびしい気持ちにさせられる。
ミヨちゃんはサッカーについての知識もほとんどなく、手を使わずに足でボールを蹴るスポーツということしか知らない。なにしろヤマダ家は男どもが揃いも揃って野球派。スポーツ中継といえばナイター。あとたまにゴルフぐらい。この武器だけで話の輪に突撃するほど幼女は無謀じゃない。
「あーあ、せめて野球の話だったらなぁ。今年のカープ、超すごいんだよ」
流行に乗り遅れた幼女がボヤいた。
するとここでおもむろにヒニクちゃんが口を開く。
「にわか雨は、すぐにやむ」
海を知っている人は大勢いる。海に行ったことがある人も大勢いる。
でも海について、ちゃんと理解している人は、ほとんどいない。
知ってること、理解していること、二つの間にはとてつもない深い溝があると思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
38
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる