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161 にわかの海

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 教室が朝から沸いている。話題の中心はサッカー。
 日本代表の快進撃が続いており、それに合わせて世間での注目度もググンとアップ。
 かつてないほどの盛り上がりをみせているというわけ。
 流行に敏感な子どもたちも、ちゃっかり便乗中。
 おかげでサッカー少女のリョウコちゃんは、あちこちからお声がかかって引っ張りダコ。解説やらルールの説明やら、見所や意見などを求められている。

 その様子を横目にしながらアイちゃん。「サッカーにはあまりきょうみないけど、ゴールキーパーの人はカッコいいわね」
 オシャレ番長の注目しているキーパーは、長身にて、スポーツマン特有の引き締まった肉体と、鋭い眼光の持ち主。気合にて好セーブを連発しては、チームのピンチを何度も救ってきた守護神。

「私はフォワードの彼がいいかなぁ」

 チエミちゃんが押したのは、ちょっと小柄ながらも、卓越したドリブルテクニックと、左右ともに使える精密なキックを誇る選手。スポーツマンのわりにはガツガツとした粗がなくて、ハニーフェイスの優しいお兄さん風なのが、可愛いと評判の人物。
 アイちゃんとチエミちゃんが、いい男談義に華を咲かしていると、他の女子らも混ざってきての座談会に。

 こんな感じで盛り上がる教室の片隅にて、コソっとしていたのは二人の女の子。
 昨夜はサッカー中継そっちのけで、特番の「特捜警察二十四時。震撼! 犯罪列島」をガッツリ見ていたミヨちゃん。
 昨夜はサッカー中継そっちのけで、父の書斎にて「奇怪動物植物大百科」なる書物を紐解いていたヒニクちゃん。ちなみに本の中身は、空想上のモノから実在するモノまで、昔の人が独断と偏見と誤った知識にて書き連ねた、いわゆる奇書の類である。ヘンテコなイラストにヘンテコな解説。読み始めると、どうにもページをめくる手が止まらなかった。
 商店街にある古本屋の軒先の百円コーナーで見つけて、母におねだりして買ってもらったのだが、久しぶりに大当たりだと、ヒニクちゃんも大満足の一冊。

 と、そんなワケで、二人して完全に流行に乗り遅れてしまった。
 これがなかなかの孤立感。なんともわびしい気持ちにさせられる。
 ミヨちゃんはサッカーについての知識もほとんどなく、手を使わずに足でボールを蹴るスポーツということしか知らない。なにしろヤマダ家は男どもが揃いも揃って野球派。スポーツ中継といえばナイター。あとたまにゴルフぐらい。この武器だけで話の輪に突撃するほど幼女は無謀じゃない。

「あーあ、せめて野球の話だったらなぁ。今年のカープ、超すごいんだよ」

 流行に乗り遅れた幼女がボヤいた。
 するとここでおもむろにヒニクちゃんが口を開く。

「にわか雨は、すぐにやむ」

 海を知っている人は大勢いる。海に行ったことがある人も大勢いる。
 でも海について、ちゃんと理解している人は、ほとんどいない。
 知ってること、理解していること、二つの間にはとてつもない深い溝があると思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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