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196 伸縮棒
しおりを挟む職員室でのヨーコ先生のオヤツタイム。
お父さんの上着の内ポケットにあったピンク色の名刺。
お兄ちゃんの机の引き出しの中のもろもろ。
世の中には、見てはならないモノがある。
だが、えてして遭遇してしまう。
それが人生。
お母さんのヒミツを目にしてしまった幼女。心のうちに抱えて置くには、あまりにもその胸は、まだ小さすぎた。
だからミヨちゃんは信頼の置ける仲良しのヒニクちゃんに、下校途中、周囲に人気がなくなったところにて、こっそりヒミツを打ち明けることに。
ある日の昼下がり。
お手洗いに行った後、自分の部屋に戻ろうとしたとき、両親が寝室に使っている部屋の前を通りかかる。
するとドアがほんの少しだけ開いていた。
隙間や穴があれば、ついのぞいてみたくなるのが人の性。ましてや小学二年生なんて好奇心旺盛な時分。当然のごとく視線は室内へと吸い寄せられる。
寝室にはお母さんの姿があった。
姿見の前にて着替えをしている。ジーンズをはこうとしているところをみると、たぶんこれから買い物にでも出かけるつもりなのだろう。
三人の子持ちゆえに、ややもっちりとした後ろ姿。だけど柔らかくて温かくて、なんだかいいニオイがする、大好きなお母さん。
かがんでズボンの裾に足をとおしている。
と、その着替えの動きがピタリと止まり、お母さんが固まった。
しばしの硬直状態。そしてボソリとつぶやく。
「……うぅ、太った」
そして鏡越しに目が合う母と娘。
その時のことをミヨちゃんは、こう振り返る。
「ふつうの汗とちがって、背中にじっとりとイヤな汗がぷつぷつわくの。あとお母さんの目がちょっとこわかった」
この出来事があった夜以降、食卓にやたらと豆腐とコンニャクを用いた料理が並ぶようになったという。
豆腐ハンバーグとか、おいしいからミヨちゃんはべつに気にしていなかったのだが、おばあちゃんはすぐに事情を察したらしく、「やれやれ、ご苦労なこったね。こちとら気を抜いたらやせる一方だってのに……」
大学生のヒロ兄は黙して語らず。だが高校生のタカ兄は「リバウンド女王ふたたび」などと茶化したもんだから、しばらくオカズの盛りが目に見えて減らされていた。
食卓の女王の機嫌を損ねると怖い。
これを経験から学んでいた長兄は、だからこそ口をつぐんでいたのである。
「おかげで、スカートのサイズがひとつ下がっちゃった」
スカートのウエストに手を入れてみせるミヨちゃん。手くびがすっぽりラクラク。どうやらお母さんのダイエットに付き合っているうちに、彼女の方が先に細くなってしまったようだ。
これを見て、おもむろにヒニクちゃんが口を開く。
「けっきょくランニング最強説」
子どもの頃は、上へ上へとのびるから、ちょっと太っているぐらいがちょうどいい。
大人になると、上へとのびなくなる分、横へ横へとエネルギーが向かうから要注意。
そして最後にはいろいろ歪に縮む。伸縮棒みたいにはムズかしいと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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