ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

文字の大きさ
211 / 1,003

211 恋文

しおりを挟む
 
 ちょうど幼女の手の中に収まる大きさ。小鉢のような形をしたパリパリの皮。その中に、独特の粘り気のある練りアンを、こんもり盛って、もう一つの皮にてフタをすれば、お手製もなかの出来上がり。
 某有名和菓子店の名物。食べる直前に自分で完成させるので、皮が湿気ることなく、パリッ、もちっ、とした感触を存分に堪能できる。
 これを仲良く頬張っていたのはミヨちゃんとヒニクちゃん。
 やっこ姉さんのところにて、オヤツにお呼ばれしたところ、待っていたのは、コレにて幼女たち、ちょっと興奮。
 加工というほど大袈裟な作業でもないが、このちょっとした手間が楽しい子どもたち。
 きゃっきゃとはしゃぐ子らを見つめる師匠の目は優しい。

「ほらほら、こんなにポロポロと。しょうがないねぇ。まったく、アンタのおばあさんの若い時分に、そっくりだよ」

 パリパリゆえに零れるカスを、ちょいとつまんでは、そんなことを口にするやっこ姉さん。
 ミヨちゃんのおばあちゃんとは女学校時代の同級生にて、古い知己。家族が知らないようなことまで知っているほどの間柄。
 孫娘のおてんばなところは、どやら祖母ゆずりのよう。

 おいしいお菓子片手にガールズトーク。
 師匠と自分の祖母の学生時代の話を知りたがるミヨちゃん。
 ねだられたやっこ姉さん、やれやれと話し出したのは、当時の恋愛事情について。
 電話はあるけど家にだけ。携帯電話なんて便利なモノは、もちろんない。
 男女の告白と言えば、もっぱらラブレターが主流。いきなり相手の前に姿を現して、「好きです」なんて無粋なマネは、逆に怖がられて嫌がられる傾向にあったという。
 ちょっと回りくどいけど、何度か手紙でやりとりをして、そこから呼び出しに応じて、ようやく告白。だけどそれはあくまで自分の想いを伝えるにとどめる。いきなり交際を迫ったりはしない。やや時間を置いて、その気があれば、また手紙のやりとり。
 こうしてようやく初デートへと漕ぎつける。

「へー、たいへんそうだけど、それはそれでイイ感じ」

 昔の恋愛事情を知って、ミヨちゃん、そのピュアっぷりにおおいに感じ入ったよう。キャラメル色のくせっ毛のはしが、興奮してかピコピコゆれている。
 ヒニクちゃんは、もなかをハムハムしながら「むふん」と、何故だか鼻で息を吐く。

「じゃあ、うちのおじいちゃんとおばあちゃんも、そんな風にしてくっついたの?」
「あー、いや、あの阿呆は……」

 今は亡きミヨちゃんのおじいちゃん。
 おばあちゃんに惚れて、常套手段である恋文を書こうと奮闘した。字は人並みだったけど、壊滅的に文才がない。書いてはボツ、書いてはボツ、を延々とくり返し、ついには百通を越えてしまう。
 後に残ったのは書き損じの山。
 女の人に想いを伝えるための手紙に使う便箋は、ちょっと特別製につき、ふつうの品よりお高め。いまの時代ほど安価で気軽に買えるモノでもなかったので、若かりし頃のおじいちゃん、おおいに弱ってしまった。
 どうしたものかと、うんうん悩んで、ピコンと閃く。
 結局、彼が考え出した手段とは、その書き損じの山を丸ごと風呂敷につつんで、おばあちゃんに渡すという荒業。

「全部、貴女に対する僕の気持ちです」

 これには当時のやっこ姉さんらも、呆れるやら、コロコロと笑い転げるやら。
 だけど受け取ったミヨちゃんのおばあちゃん。
 もらった手紙なんだから、読むのが礼儀だと、全部にきちんと目を通す。
 結果は、もはや語る必要もないであろう。

 祖父母らの馴れ初めを知ってミヨちゃん、「やるねえ、おじいちゃん」
 すると二つ目のもなかを食べ終えたヒニクちゃんが、おもむろに口を開いた。

「いい話」

 好い人と良い人がくっついて、幸せになる。
 それにしても百通を超えるラブレター。とってもステキだけど、
 これだけ物理的証拠があったら、きっと生涯、尻に敷かれていたと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

乙女フラッグ!

月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。 それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。 ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。 拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。 しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった! 日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。 凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入…… 敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。 そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変! 現代版・お伽活劇、ここに開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...