ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

215 改宗

　
　商店街にカレー屋さんがある。
　本場の国からやってきた外人さんが経営しているお店。
　初めのうちは本格派をウリにしていたのだが、国が違えば気候風土や好みも変わる。パンにしたって、お菓子にしたって、あちらからこちらへと、そのまま持ってきただけでは、上手くいかないケースが多い。
　ご多分にもれず、カレー屋さんも序盤は苦戦した。
　辛みひとつとっても、感じ方がまるで違う。オイシイに微妙にズレがある。
　これを理解せずに、「本場だから」と頑なに自分のやり方を押し通して、商売をダメにする店主が多い中にあって、ここはムズかしい局面を乗り切った。
　なにせ、この商店街には、やたらと面倒見のいい頼りになる組長さんがいるから。
　ちなみに組長とは商店街の組合長のこと。堅気にみえない容姿のわりに、中身はとっても気のいいオッサンにて、周囲の信任も厚い人物。

　神さまや神聖な獣？　だと思われる微妙なデキの彫刻。原色ベタな、どぎつい配色で塗りたくられた怪しげな外装。そんなお店に、小まめに顔を出しては、アドバイスをしていく組長。
　少しずつ本場と現地との意識のすり合わせを行い、味やメニューを工夫して、ついにはお昼時にもなるとニオイに釣られたお客で、店内がいっぱいになるまでに、商売が成功する。
　そうして数年がたち、地元にもすっかり馴染んで、店主もいっぱしとなったところ、この度、従業員の女性と目出度く結婚することに。

　これらの情報をもたらしたのはミヨちゃん。
　いつものように仲良しのヒニクちゃんと、一緒に下校しているときのこと。
　近在のお年寄り連中と太いパイプを持つ幼女は、小学二年生にして街の事情通。ちょうどカレー屋さんの前を通りかかったので、話題にしたのだ。

「ここってテイクアウトもあるから、ヨーコ先生もたまに買って帰ってるらしいよ」

　三十路手前、彼氏のいない女教師の、ちょっと寂しい食卓。
　いろいろと疲れているときって、外食していく気力もない。持って帰って、家で食べて、人目を気にせずに、そのままゴロンと横になりたい。
　ならば近所のコンビニでもいいんじゃない？　と考えるのは、いささか浅慮。
　連日、通っていると、案外、顔を覚えられてしまう。これはこれで気まづい。大人の女としては、馴染みになりたいお店と、そうでないお店というモノがある。乙女的にコンビニはちょっと……。
　毎回、レンジで温めますか？　とか、お箸を断っていたら、じきに訊かれもしなくなったりしたら、切なくて枕を涙で濡らしてしまうかも。
　などという事情までは知り得ないミヨちゃん。先生の話題はさらりと流す。

「それで結婚するのはいいんだけど、神さまがちがうから、相手の女の人のヤツにかえるんだって」

　宗教が違うと婚姻を認めない文化は、いまでも残っているそうで、これが原因で破局することもあるというが、カレー屋の店主はあっさりと女性側に改宗したらしい。

「やっぱり大切なのは愛だよね。だけど神さま的にはそれでいいのかなぁ？　だって自分を捨てて、女に走ったことになるし」

　宗教の壁をアッサリ越えて結ばれようとしている二人の前途を、心配する心優しきミヨちゃん。
　おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「問題ない。たぶん争いごとは管轄外だから」

　宗教って、本来はとっても寛容。来るもの拒まず、去るもの追わず。
　神さまってば、人の愛の面倒はよくみてくれるけど、争いの仲介はしない。
　誰だって、性質の悪い酔っ払いのケンカなんかに関わりたいとは、思わないもの。　
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。