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277 情け
しおりを挟む朝から元気のないクラスメイトの女の子。
理由をたずねたら、小さい頃からずっといっしょだったネコが天国へと旅立ったとのこと。病気とかではなくて年齢ゆえの別れ。
大往生にて、入院中に病室にて一人さみしくとかいう最期ではなくて、自宅にて家族に看取られながら逝けたというから、幸せであったといえるであろう。
ペットを飼っている以上は、どうしてもついてまわる悲しいこと。
ずっといっしょだった子が、ある日、突然にしていなくなる。
どんなに楽しい想い出がたくさんあっても、最後のひとつで一気に色が塗り替えられるのは、まるでオセロのよう。
いくらしようがないことだと頭で理解していても、そうそう割り切れるものではない。だからこそのペットロスという言葉が生まれたのであろう。
自分でもペットを飼っている面々は、とても他人事ではない。
そしてペットとの悲しい別れを経験している面々にとっても、彼女の気持ちは痛いほどにわかる。
ぐすんと涙をうかべる女の子を、やさしくなぐさめるクラスの女友達たち。
かなしみを共有できる存在がいることは、とても癒しになる。
いまはまだ元気に笑えないけれども、いずれは。だからムリをせずにゆっくりと自分の中で折り合いをつけていこうとのアドバイスを受けて、うんとうなづいた女の子。
教室の片隅でそんなステキな友情物語が展開されているのを、「いい話だねえ」とちょっと涙目になって見ていたのはミヨちゃん。
彼女としても何かなぐさめの言葉の一つでもかけたかったのだけれども、それはチエミちゃんから止められた。すべてが平均値にすっぽりとおさまる偉大なる凡は、幅広く庶民感情にも精通している。
「ダメよ。ミヨちゃんは動物との接点なんてまるでないでしょ。ヘタに知ったかブリで同情顔なんてしたら、かえって反感をまねくよ。ああいう状態のときにうらみをかったら、それこそ末代までたたるんだから。そうなったら灰色の青春まっしぐら。少女マンガのヒロインになんてなりたくはないでしょう? しかもイケメン王子なしのお話なんて」
遺族感情を考慮したチエミちゃんの忠告を受けて、ぶるると肩をふるわせコクコクとうなづくばかりのミヨちゃん。
やり場のない悲しみや、憤りが、はけ口としてこちらにドドッと流れ込む危険性を指摘されて、素直に従うことに。
「そうそう。ペットを飼ってる人たちのネットワークって、けっこう幅広いからねえ。ヘタに問題を起こしてモメたら、あっという間に全員に拡散してボン!」と言ったのはアイちゃん。
イヌを飼ってる人は無条件にイヌ好きはいいひとだと思い込み、ネコを飼っている人は無条件にネコ好きに悪いひとはいないと思い込みがち。ゆえにそちらには甘々になるくせに、部外者には一転して厳しいことがままある。「だからあとで軽く、元気をだしてね」ぐらいですませておきなさいとの大人のご意見。クラスのオシャレ番長は女子の勢力図にもかなりくわしい。ペット枠はけっこうおっかないとのこと。
「ネコかぁ……、うちの弟なんてカブトムシでビービー泣いてたから、きっと比べモノにならないんだろうなぁ」とはリョウコちゃん。「それにしても男ってなんでやたらとザリガニとかムシを飼いたがるんだ。手間がかかるわりにすぐ死ぬし、ニオイもキツイし、なによりちっとも懐きやしないのに」
小さな弟くんがいるサッカー少女の家庭でもいろいろあるようだ。「あげくに人に世話を押し付けやがるし」とブツブツ。
ミヨちゃんらがヒソヒソとこんな話をしていたら、悲しみにくれる女の子たちのところにズカズカと近寄った男の子が一人。
「なんだネコぐらいで、メソメソしてんじゃねえよ。オレなんてこのまえ、ばあちゃんが死んじゃったんだぞ。だけど泣かないんだ。オレがいつまでも泣いてたれ、ばあちゃんが安心して天国にいけないからな」
男の子がへこんでいる女の子に、そんなことを言った。
言ってる内容はとってもいいこと。
だけどタイミングが悪すぎる。そして対象年齢もいささか低すぎた。
結果として、女の子はかえって「うぇっ、うぇっ」と泣き出し、その場に居合わせた女子たち全員の眼が怖いものに。
あまりの迫力にて、あわてて逃げ出すハメになった男の子。
きっと彼としてはなぐさめようとしたのだけれども、結果は失敗に終わり、淡い想いも砕け散ることに。
その一部始終を見ていたチエミちゃん。「ほらね、いったとおりでしょ。あの状態のときの女に理屈や正論をいくらふりかざしてもダメなのよ」
その意見にうんうんとうなずく一同。
と、ここでずっとダンマリであったヒニクちゃんが、おもむろに口を開いた。
「ヒトは感情の動物」
理屈ではネコの命よりもヒトの命の方が大切だけれども、
感情ではネコの命のほうがヒトの命よりも大切なヒトもいる。
なにせ小さい頃から育てたのと、そうじゃないのとでは思い入れが違うから。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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