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288 スローライフ
しおりを挟む下校時に商店街の本屋さんにて、ちょっと立ち読みとしゃれこんでいるのは、ミヨちゃんとヒニクちゃんの仲良し二人組。
なお通常であれば煙たがれる立ち読み客ではあるが、ここの老店主とは顔見知りのミヨちゃんの人脈により、彼女たちは特別にフリーパス。
とはいえあくまで常識の範囲にて。
本を乱雑に扱ったり、床に座り込んだり、他のお客さんたちの邪魔になるようなのはご法度。
ミヨちゃんが少女マンガの雑誌にて、新刊の情報をチェックしている間、ヒニクちゃんが見ていたのは、スローライフを特集していた雑誌。
スローライフとは、せせこましい都会での暮らしとは縁を切り、田舎にて悠々自適にのんびりと暮らすこと。
夫が定年退職したのを機に、彼の地元へと移転するぐらいならば、まだかわいいもの。
なにせかつて知ったる場所だし、知り合いもいるから、なんだかんだでどうにかなる。
だけれども近頃、話題のスローライフとは、まるで縁もゆかりもない新天地での、第二の人生というモノ。
田舎には自然が溢れており、住民たちは義理人情が厚く、都会がすっかり失くしてしまったゆるやかな時間が流れている、などなど……。
だがそれは甘い。あまりにも甘すぎる。それはもうハニートーストにアイスクリームと生クリームをべったり乗せた上に、さらにチョコレートソースをこれでもかとたらすぐらいに甘々。
確かに田舎には自然が溢れている。
それゆえに野生動物がいっぱい、ムシもいっぱい、トカゲやムカデもいっぱい。場所によってはサルががらりと窓を開けて家の中に入って来るし、玄関からシカがこんにちわ。庭でせっせと雑草を抜いていたら、背後にクマなんてパターンもある。
自給自足だと家庭菜園にチャレンジすれば、十中八九、ケモノたちの被害にある。
ならばと防止策を講じれば、たちまち電流が通った電線を張り巡らすことに。
家の周囲がすべてこんな調子にて、ほのぼのどころか、とってもプリズンな光景になること受け合い。
これが今の田舎の現状なのである。
都会の喧騒を離れてとっても静か?
ウソです。ムシがうるさいし、夜中になんかトリが鳴くし、近くに池や沼でもあれば夏にはカエルの大合唱。
田舎の人は人情に厚くて、やさしい?
ウソです。よそ者にとってもきびしいです。小学校ですら転校生がとけ込むのにしばらく時間がかかるというのに、大人の、それも大半が頭が固いお年寄り連中ともなれば、十中八九、人間関係におおいに悩むことになるでしょう。
環境がいい?
ウソです。病院ありません。救急車を呼んでも来るのに一時間以上もかかります。ようやく乗れても、受け入れ先がなかなか見つからずに県境をまたぐことになることすらあります。命にかかわる症状ですらコレです。
ゴミの回収だってめちゃくちゃ少ないです。だからため込むことになります。そしてムシやらネズミやらが寄ってきます。彼らは鼻がとっても利くのです。
雪でも降る地域ならばさらに大変。雪下ろしは重労働です。ぶっちゃけアレに費やす時間と労力があるのならば、それで何かバイトでもしたほうが、よっぽど裕福に暮らせます。
あとわりと変な人がちょいちょいいます。
ものすごくおっかなくて、すぐに鎌をふり上げるような人とか、わけのわからない信仰にのめり込んでいてやたらと勧誘してくる人とか、その人が訪ねてくるたびに自分の家のモノやおカネがどこかに消えてしまうとか、サル並みに手癖の悪い人とか、やたらとエラそうにしている人とか、ケンカでナタや猟銃を持ち出す人とか。
地域の行事や会合にも必ず参加しないといけませんし、新参者につきなにかと雑用を押し付けられてはタダ働きを強要されます。
そのくせお祭りのダンジリやらお神輿には、一切近寄らせてもくれません。
よそ者はどこまでいってもよそ者。
あげくに裏ではけっこうな陰口をたたかれたりもします。
それから時代をさかのぼると、家同士や地域同士の根強い確執なんかも潜んでいるので、人付き合いにも地雷がポコポコ埋まっているような場所。
スローライフというよりも、サバイバルに近い環境。
それが田舎の真実。都会のぬるま湯にどっぷりとつかった甘ちゃんが生きていけるようなところではないのです。
雑誌のスローライフの特集記事を眺めながら、つらつらとそんなことを考えていたのはヒニクちゃん。
するとこれを横からのぞきこんだミヨちゃん。
「田舎かぁ、うちはお父さんの田舎はここだし、お母さんのところもふつうの街中だから、ちょっと憧れちゃうなぁ」
夏休みとかに、みんなが遠くの親戚のところに出かけるのを、いつも指をくわえて見ているミヨちゃん。だからついつい田舎には羨望を抱いている。
するとここでおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「田舎はたまに戻るぐらいがちょうどいい」
ひと口に田舎といってもいろいろ。道路があって電車でいけて、
動いている自動販売機があれば、まだマシ。本格的なのはトイレが昔ながらの
汲み取り和式。そして夜はドタドタと天井裏でネズミの運動会。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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