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310 タピオカ

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「タピオカティーを飲んだ」

 いつも通りにいっしょに帰っていたら、ミヨちゃんからいきなり告白されたヒニクちゃん。
 海の向こうが発祥というミルクティーもどき。
 なかに入っているぶよぶよのツブツブが特徴的な飲み物。
 見た目はかなり怪しい。
 かなりマイルドに例えると黒いイクラ。
 かなりハードに例えるとカエルのタマゴ。
 タピオカの原料はキャッサバという南米原産のイモ。
 なんやかや頑張って、せっせこ成分を抽出して、こねこねされたのがあの物体。
 あれを可愛いと言う女子高生たちの感性が、よくわからないと考えているヒニクちゃん。
 だがミヨちゃんが一足先にイケてる女子の仲間入りを果たしたと知り、ちょっとショック。表情にこそは出さないが内心ではガックシ。
 すぐに追いつきたいところだが、あいにくとこの近所にそんなイケてる女子のイケてる飲み物なんて扱っているおしゃなカフェなんてありゃしない。
 パリパリのクロワッサンっぽいたい焼きとか、いまにも崩れそうな高さを誇るパンケーキとか、焼き立てバウムクーヘンとか、この街に流入してくるのははやくて一年遅れ、下手をすると二年落ちにてようやくといった体たらく。
 かつて駅前にて最先端を都会とほぼ同時期に取り入れようとした豪の者もいたが、結果は無残なものであった。
 やたらとでっかくてカラフルな綿菓子や、高級路線のチョコレートとか、ふわふわ食パンとかを販売されても、みんな遠巻きに眺めるだけ。

「あー、あれ、テレビでみたことある」

 で、終わってしまうかなしい土地柄。それが地方都市。
 ここに冒険者はいない。
 いるのは、食べ物屋に行っても毎回同じ品ばかりを頼んでしまうような、スーパーでお菓子を買うときも似たような品ばかりと選んでしまうような、堅実で小心な者ばかり。
 流行の最先端は見ているだけで満足しちゃう。
 ファッションショーでモデルが着ている服を「かわいい」「きれい」「すてき」と思うことはあっても、それを着たいとは思わない。
 もしも気合を入れた個性的なファッションにて街を歩こうものならば、すぐさまご近所さんたちのウワサの的になってしまう。
 やや話が脱線したが、つまりそんな街ゆえに、流行よりも定番が愛されているのが実情。
 しかしこのままではミヨちゃんから置いて行かれてしまう。
 どうにかせねば……、とヒニクちゃんが密かに悩んでいると、ミヨちゃんはこんなことを口にした。

「ぶっちゃけ、あんまりおいしくなかった。というかあのツブツブ、いらない」

 まさかのタピオカ批判。
 幼女はおどろく親友を尻目に、文句をたらたら。

「ほら? 果肉のつぶつぶが入ったジュースとかあるでしょう。それかコーンポタージュの缶のやつ。最後の方がうまく出てこなくて、たいへんなの。あれなんて目じゃないんだから」

 液体部分を飲み終わったあとに残る黒いツブツブ。
 結局、カップのフタをはずしてガブガブ食べるはめになる。ビジュアルはかなりひどくて好きな男の子にはちょっと見せられないかも。
 あと太目のストローも使いにくい。
 そして不意にノドの奥に突っ込んでくるので、ごほごほむせるやら、ビックリさせられるやら。

「お年寄りだったら、まちがいなくゲホってなるよ。へたをするとショックで心臓があぶないよ」とミヨちゃん。

 いや、さすがにその年代はタピオカティーなんて飲まないだろう。
 というような、ヤボは言わないヒニクちゃん。
 そのかわりに彼女はぼそりとつぶやいたのは……。 

「タピオカって芳香剤のビーズにそっくし」

 流行り廃りは世の常とはいえ、ここのところちょっと足がはや過ぎる。
 地方都市にはとてもついていけないの。
 あとこのまえ、駅前のパンケーキ屋がしれって閉店してたし。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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