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408 そーめん
しおりを挟む食べ物の好みというのは年齢とともに変化するもの。
かつては肉、肉、肉、とミート三昧に明け暮れていた若人たちも、ある日、急に目覚めるのだ。
「あれ? ダイコンサラダって意外にうまいな」
「ゆがいたブロッコリーとマヨネーズってイケるよね」
「秋ナス最高!」
格別に美味しいと感じるのは、体がソレを欲しているからだという説があるという。
つまり野菜が美味しいと感じるのは、体が発する「いいかげんに肉ばっかりじゃなくって、野菜もちょうだい」とのメッセージ。
油ものにしたって、かつては朝昼晩とドンと来いや! だったのが、昼コロッケ、夜とんかつ、翌朝には残り物、そしてお弁当にも残り物、がツラくなる。
三個ぐらいペロリだったコロッケが、二個となり、その内訳の一つは野菜コロッケ。
十個ぐらいペロリだったカラアゲが、いつのまにやら鳥の照り焼きにかわり、いつしかバンバンジー。
二枚の特大トンカツが、バンバン叩かれて薄ーくのばされたせんべいのような一枚に。
たまにテカテカのムチムチなボリューム満点のステーキが登場しても、まず最初にやるのは入念な油身の切り分け。
お寿司だってマグロのトロだったのが、赤身へ、果てはやたらとガリをぱりぽり食す。
そしてソーメンである。
夏といえばソーメン、夏休みといえばソーメン、夏のランチといえばソーメン、お中元といえばビールとソーメン。
届くたびに子どもたちをガッカリさせるお中元四天王、洗剤、油、ビール、ソーメン。
でもひと口にソーメンといっても職人の妙技が光る手延べの超高級品から、その辺のスーパーで投げ売りされている特売品までピンキリ。
そんなソーメンだが、かなり多くの子どもたちから敵視されている。
ラーメンが大スキという子は多い。
うどんやソバもスキという子が多い。
けれどもソーメンとなると、とたんにうーんとなる子が非常に多い。
嫌いとまではいわないけれども、いまいちテンションがあがらない。
ほんの数日つづけば、「えー、またソーメンなのー」とブーたれる。
このソーメン問題について、休み時間に言及したのはミヨちゃん。
ヤマダ家は現在、大量の在庫を抱えている。
おばあちゃんの俳句仲間が送ってくれたのだが、ちょいとタイミングがわるかった。まさかの五人からのファイブ被り。おばあちゃんはけっこうモテる。「そろそろソーメンが恋しい季節だねえ」なんてつぶやいたとたんにコレだ。
そして義理堅い性格でもあり、もらった以上は他所にさらりと回すとかはちょっと……。
なので現在、ヤマダ家では対ソーメン戦争の真っ最中。
しかし幼女にはつらい。そこでミヨちゃんはみんなに知恵を求めた。
「豆乳とカツオダシであえたら、なんちゃってカルボナーラみたいになっておいしいよ」とチエミちゃん。ソーメン地獄は庶民であらば、だれでもたいていは経験しているもの。ゆえに凡女中の凡女であるチエミちゃんからは、有益な情報が得られた。あと仕上げに刻み海苔を散らすのがポイントらしい。
「うちはたまにツユにごま油を足すかなぁ。あとショウガもさっぱりしてうまいよ」とリョウコちゃん。年がら年中、運動三昧なスポーツ少女はソーメン地獄なんぞものともしない。夏こそ喰わねばと、もりもり食べる。弟が嫌がって残すぶんももりもり食べなきゃいけないので、たまに七味とかで刺激を加えて一気にかき込むそうな。
「炒めて野菜やソースとあえて焼きビーフンっぽくするとか、ゴーヤとあえるとか、あとはきんぴらごぼうと一緒に食べると食感がかわって楽しめるわよ」とはアイちゃん。
ファッションや美容に一家言ある彼女は、なんだかんだで野菜も摂ってバランスのいい食事をとのアドバイス。
他のクラスメイトにもいろいろ聞いてみたら、どこの家庭も大なり小なり地獄を潜り抜けてきた経験があるようで、いろんな食べ方を教えてもらえたミヨちゃん。
みんなにお礼を言って「これで戦い抜けるよ」とご満悦。
そのとき教室の扉がガラガラ。
ヨーコ先生が「なんだ、みんなしてどうした?」
念のために先生にもたずねてみたら女教師はこう答えた。
「ソーメン、あんなもんオーブントースターに放り込んでこんがり焼けばいい。あとで塩とかカレー粉とかふったら、立派な酒のツマミになるぞ」
三十路手前の彼氏なしの女教師は、ゆがくことすらしない。
なんという時短クッキング!
生徒たちは自分たちの担任がどうしてモテないのか、その秘密の一端を垣間見たところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「さし水論争がひそかに熱いらしい」
吹きこぼれそうになった鍋にチョロっと投入される水。
なんでも麺にコシを出す効果のあるなしで、モメているそうな。
あとわたしは温かいにゅうめんが好き。あれはいいもの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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