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415 弱体化
しおりを挟むカメムシがピタっと肩にはりつく。
こいつの発するニオイが苦手で、触れるのもイヤという人が多い中にあって、まったく気にした素振りもなく、軽く手で払ったのはミヨちゃん。
やたらと昆虫類には懐かれる小学二年生の幼女は、こんなことは日常茶飯事ゆえに、とくに動じることもなく冷静に対処。
あと何故だか彼女にたかるカメムシはイヤなニオイを発しない。
ミヨちゃんはいっしょに下校していた仲良しのヒニクちゃんの肩にくっついたカメムシもひょいとつまむと、そっと野に放った。
「今年はなんか多いねえ」とミヨちゃん。
コクコクとうなづくヒニクちゃん。
事実、今年はちょっとどころかかなり多い。
夜に窓を開けたら網戸にびっちりとか、コンビニの窓にやたらとはりついていたり、外灯回りにて大量にうごうごしていたりと、どうやら当たり年の模様。
別にカメムシに限ったことではなくって、蚊だったり蛾だったりアリやハチであったり、鳥やサルであったり。
エサが増えればそれを捕食する生物も増える。
食物連鎖やら生態系やらの関係にてすべては繋がっている。
ゆえに自然界にては、ままあること。
そういうものとして受け入れていれば良いだけの話。
「このニオイが……って話をよく聞くんだけど、わたしはわりとへっちゃら。でもニオイといえば」
消臭グッズが大人気にて売れ筋好調。
それ絡みにて抗菌やら除菌グッズもバカ売れしているらしい。
なぜならニオイの元は菌だから。これを除菌するなり繁殖を抑えると劇的に消臭効果が期待できる。
だからいまでは女性だけでなく男性もちょっと汗をかいたら、せっせとグッズを愛用している。
利用者が増えるとグッズの売り上げも増える。
人気があるから開発もじゃんじゃん進み、ここに好景気サイクルが発生。現在の流行へと至る。
その結果、みなの注目がニオイだけでなく菌そのものにも移行。
たんに濡れた布巾でテーブルを拭くだけでは駄目、殺菌もしないと菌がヌベーっと広がっているだけ。
ほら、ちょっと素足でウロチョロしただけで、こんなに菌が拡散繁殖しているの。
お母さんが赤ちゃんに触れようとする、その手にも菌がびっしり!
みたいな過剰演出というか潜在的恐怖心をあおり、人々を潔癖症へと誘うかのようなテレビコマーシャルが大手を振って放送されている昨今。
いまではネコもしゃくしも「除菌」「抗菌」「消臭」のオンパレード。
でもそんな裏でまことしやかにささやかれていることがある。
「なんだか風邪をひきやすくなったっていうの」とミヨちゃん。
なんでも彼女の長兄である大学院生のヒロ兄の友人に、潔癖症予備軍のような人がいるらしく、その人が愚痴っていたそうな。
実際に過剰な除菌行為は、悪い菌だけでなくいい菌までも殺したり、菌業界のパワーバランスを崩したりして、かえって不具合を生じさせやすくなるとの警鐘を鳴らすえらい学者先生もいるらしい。
極端な話、無菌状態はいわば生まれたての小鹿。
足がまだプルプルしているような状態で、雑菌だらけのサバンナを生き抜ける道理はない。
つまり、あんまりカラダを甘やかすな、過保護はかえって身を滅ぼすということ。
でもそんな当たり前の声は封殺され、マスメディアもあまり取り上げようとはしない。
理由はスポンサー絡みの大人の事情だ。
「結局さぁ、こういうことをし続けていたら、巡り巡って自分たちにはねかえるとおもうんだよねえ」
カメムシからまさかの資本主義の悪癖へと大ジャンプしたミヨちゃんの話を受けて、ヒニクちゃんがおもむろに口を開く。
「弱体化のドミノ倒しはすでに始まっている」
菌をじゃんじゃん退治して、体の抵抗力が弱体化。
売れる商品にばかり開発力を割いて他がおざなり、気づけば企業も弱体化。
バランスを欠いた偏重がまかり通り、社会や国も弱体化。
パタパタパタ、ほら破滅の音がすぐうしろまで。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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