ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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420 真夜中の決闘

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 ぶーんという不快な音色にて、夜中に目を覚ましたミヨちゃん。
 自分でもびっくりするぐらいパッチリと起きた。
 時代劇で主人公が寝ているところを、いきなり刺客に襲われたときぐらいに、スパッと意識が覚醒する。
 視界は当然ながら闇にて埋めつくされている。
 真っ暗な中で耳をすます。
 しかし何も聞こえない。

「さっきのは気のせい? なにかヘンな夢でもみたのかな」

 机の上に置いてある時計の文字盤がぼんやりと光っている。
 よい子が起きていてもいい時間じゃない。
 明日も学校があるし、再び夢の国へと旅立つことにしたミヨちゃん。
 ぬくぬくの布団にくるまれていると、すぐにウトウトしはじめる。
 するとそのタイミングにてまたもや耳もとで、微かに鳴ったのは、ぶーん。

「夢じゃない! そしてコレは奴の音だ」

 ミヨちゃんは布団を蹴飛ばして、勢いよく跳ね起きるとすかさずファイティングポーズ。

「なんてこったい。いつのまにヤツの侵入を許したんだろう。こうなってはヤルかやられるか。決着をつけないととても寝られないよ」

 幼女が敵認定した相手は、ちゅうちゅう血を吸ってお土産に腫れと痒みを残す、にっくきあんちくしょう。
 決意を固めたミヨちゃん。呼吸を整えると、まるで座禅でも組むかのようにして胡坐を組み、静かに息を潜め耳へと意識を集中する。ほんのわずかな音も聞き逃さないために。
 夜のしじま、時計の針がコチコチなっている。
 じきにその音も受け流せるほどにもなると、今度は自分の心臓の鼓動が手に取るようにわかってきた。
 そして聞えたり消えたりするヤツの移動音。
 ヤツが周囲を旋回しながら、近づいたり遠ざかったりしつつ、こちらの隙を伺っている。
 そこまではわかるのだが、正確な位置まではわからない。
 だからひたすらじっと待つ。
 ここからはガマン比べ。
 辛抱できなくて先に動いた方が負けだ。
 迂闊に近寄って肌に触れた瞬間にパチンと仕留める。
 それがミヨちゃんの作戦である。
 この作戦の肝は肉を切らせて骨を断つとみせかけて、肉を切らせる前に仕留めるという瞬撃にある。
 少しでも遅れて相討ちになれば元も子もない。それでは敗北と同義。
 勝負の時がくるのを待つ。
 ジリジリと己が内より湧いてくる焦燥感こそが真なる敵。
 そう言い聞かせて、ミヨちゃんはひたすら耐えた。

 ぶーんという音がどんどんと近づいて来る。
 それにともなって音もどんどんとはっきり聞こえてくるように。
 右前方斜めより敵機が接近中。
 いちど耳元をかすめて、そのまま後方へと通過。
 気配が遠ざかり音も一端途切れるも、今度は左側より出現。
 そして頬に着地する感触を感じた瞬間に、ミヨちゃんの黄金の左がうなりをあげた。
 深夜の自室にバチンと響くは平手打ちの音。
 だが敵もさるもの。すんでのところでかわされた。
 そして後に残るは、自爆にてヒリヒリする頬と、若干のかゆみ。
 どうやら逃げられただけでなく、お土産までまんまと残されたらしい。
 こうなってはもはやなりふり構ってはいられないと判断したミヨちゃんは、部屋の明かりを点けた。
 そしてここから長い第二ラウンドが幕を開ける。

 ……なんてことがあったんだよー、と欠伸まじりに語ったミヨちゃん。
 いつものごとく仲良しのヒニクちゃんと下校していたときのこと。
 今日一日、やたらと眠そうにしていたのと左頬に張られた絆創膏のナゾが、いま明らかに。
 これを受けてヒニクちゃんがおもむろに口をひらく。

「蚊の種類は約三千とも言われている」

 血気盛んなヤンキーどもをも追い散らすあの羽の不快な音色。
 田舎の山の中から都会の家の中まで、どこにでも現れる神出鬼没さ。
 いかなる賢者をもイラ立たせる痒みといい、奴は人類の不倶戴天の敵。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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