ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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454 古本市

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 境内にところ狭しと並んでいるのは、中にびっちりと本が詰まった段ボールたち。
 さながら迷路を成すかのようにして配置されており、づらづらのぞく背表紙の文字が洪水となって、この地に足を踏み入れた者たちをおおいに惑わす。
 本日は近所の神社の境内にて、古本市が開催されている。
 古本市といえば、京都の下鴨神社にて毎年、夏の盛りに開催されているものが有名。
 なんでも八十万冊にも及ぶ書籍が集い、これを求めて活字中毒どもが群がるという。
 暑さ人混みをモノともせずに、我先にと競い合うかのようにして本に手を伸ばす姿は、さながらお盆シーズンに浮かれて地獄の底よりはみ出した亡者のごとし。
 ある読書好きは、かのイベントを指して「俺たちの戦場」と言ったとか言わないとか。
 さすがにここまで大規模な市ではなくって、集うのはご近所さん、もしくはちょい遠方からの客人たちにて、持ち込まれた書籍の数もせいぜい十万ぐらい。
 それでも日頃はなかなかお目にかかれないこの光景に、「すごいねえ」と感心していたのはミヨちゃん。となりに並び立つヒニクちゃんもコクコクうなづく。
 一冊ウン十万円もする希少本から、五十円という安価な品まで、なかには詰め放題とか無茶をしているところもあって、けっこうな賑わい。
 本のお祭りのような会場に興奮を隠せない幼女たち。
 特にお目当てがあるわけじゃないけれども、本との出会いは一期一会。ぶらりと立ち寄り、何げに目を留めた一冊に手をのばし、パラリとページをめくることで、後々の人生に多大な影響を及ぼされることもある。ときにはその一冊が運命を切り開くことも。
 紙の本なんてもう古い。これからは電子書籍の時代さ。
 なんて訳知り顔にてのたまう輩も増えているけれども、この偶然の出会いこそが本や読書の醍醐味であり、刺激であり、快感でもある。
 それをはなから放棄するなんて、なんてもったいないこと。
 一度でもこれを味わったら、もうやめられないとまらない、そしてきっと捨てられない。
 だからこそ大勢の人たちが古本市や本屋さんに足を運ぶのであろう。

 キョロキョロと会場内を手をつないで歩く幼女たち。
 みな一心不乱にて目の前のダンボール箱を漁るのに夢中。
 その真剣さ、噴出する熱気、これらが会場内の空気と混ざり合い、ある種、異様な空間を形成させている。特定の閉鎖空間だからこそ熟成可能な雰囲気。
 みんなこれに酔っていた。その酔いが回るほどに、居並ぶ本たちの背表紙を見つめる視線は鋭くなり、感覚は研ぎ澄まされ、数多の中からお目当てを奇跡的な確率にて引き当てる。
 これは本好きの間でまことしやかに囁かれている都市伝説。
 なんでも本の中には、その背表紙の文字列に引力を持つモノがあるという。
 膨大な文字列に埋もれているのにも関わらず、ふしぎと人目を引き寄せる。
 そうして人から人へと渡り歩く、そんな不思議な本。
 名作でもない。大ヒットした作品でもない。著名な作家の本でもない。パッとしない表紙にて、どこの誰が書いたのか、聞いたこともないような出版社。
 にも関わらず、どうしようもなく読書好きの好事家を惹きつけてやまない魅力があるという。

 ミヨちゃんたちのお目当ては絵本のコーナー。
 絵本であれば感性が全面に押し出されているので、例え外国の言葉で書かれてあっても絵や雰囲気だけで楽しめる。
 ところかわれば色々かわるので、作風もまるでことなるのが絵本の世界。
 絵本類が集められた一角にも大勢の大人の客たちの姿があった。
 カテゴリー的には子どもの読み物だけれども、大人のファンも多い。
 大人になってから、かつて読んでいた作品の良さを再認識したり、懐かしさでかつて幼い自分が夢中になっていた一冊を求めたり。
 おかげでけっこうな盛況ぶり。
 ちょっと尻込みしそうな人の輪に、「よし! いくぞー」と気合を入れて敢然と飛び来んでいったのはミヨちゃん。
 そのあとをあわてて追いかけるヒニクちゃんがぼそり。

「飾って並べて楽しめるのも紙の本の醍醐味」

 古ぼけた表紙、白から小麦色にかわったページ。
 めくっているうちにほつれやしないかと、ドキドキするボロ具合。
 中に挟まっていたシオリを見つけて、発行当時や前の持ち主に想いを馳せる。
 でもページの角を折るドッグイアや線引きは、ちょっといただけない。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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