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481 チカラ関係
しおりを挟む「せぃ、とぅ、やぁ」
かわいいかけ声をあげて、手にした木刀を振り回していたのはミヨちゃん。
ここはやっこ姉さんのお宅の庭。
しばらくぶらり修行の旅に出かけていた、やっこ姉さんの弟のおっさんが無事に生還。
リアルでラストサムライ生活を営んでいる、ちょっと変わっているけれどもいい人なおっさん。それが久しぶりに戻ったという話を聞いて、ヒニクちゃんと二人で旅のお土産話でも聞こうとやってきたのだが、なんやかんやあって、こうなった。
たしか某有名な寺社の境内にて、時代劇の撮影に遭遇したという話だったはずなのに。
いつしかチャンバラがどうの、殺陣がこうの、最近の役者は下手だの、往年の名斬られ役のことなんぞで盛り上がるうちに、すっかり気が高ぶったミヨちゃんとおっさん。
名優の刀さばきなどのモノマネを披露するおっさんにつられて、ミヨちゃんも剣を手にとってしまったというわけ。
これを面白がったおっさんが、ミヨちゃんに剣の手ほどき。
「うまいうまい。たいそう筋がいい。これは五十年、いいや百年にひとりの天才かもしれない」
などというみえみえのお世辞を受けて、「えへへ」と照るミヨちゃん。
どうやらおっさんは、あわよくばこのまま幼女を弟子に仕立てる魂胆のようだが、そうは問屋が卸さない。
縁側からそんな悪だくみをしている弟にむかって、やっこ姉さん。
「どうでもいいけどミヨにケガをさせるんじゃないよ。そんなことになったらアレが頭に角を生やして乗り込んでくるからね」
やっこ姉さんがアレといったのは、ミヨちゃんのおばあちゃんのこと。
この二人は親友にして、女学校時代からの仲。
その縁もあって、おっさんも小さい頃から知っている相手。
自分の幼少期のアレやコレを知られている女性というのは、男にとっては鬼門。母や姉の次に頭があがらぬ相手にて、たまらずおっさんは「うへえ、そいつはかんべんしてくれ」と言った。
しかしすっかり興がのっている幼女にとっては、そんな大人の事情は関係なし。
機嫌よく木刀を「えい、とぉ」
しばらくして「ふぅふぅ」とすっかり息があがったミヨちゃん。「ちょっと休憩」と縁側に腰をおろし、ようやく木刀を手放す。
付き合って、いっしょになってブンブン振っていたヒニクちゃん。
こちらはまだまだ体力が余っており、元気いっぱい。
これを見たおっさん。「ほぅ」と感心して、あろうことか「よし、ちょっと打ち合ってみるか」と言い出した。
とはいえ、ムキムキの老人と小学二年生ではムリがあるので、攻撃をしかけるのはヒニクちゃんのみというルール。
しばし手の中の木刀をじーっと眺めていたヒニクちゃん。
おもむろにそれをおっさんに向けて投げつける。
不意打ち気味の一投。
だが腕に覚えありの老剣客には通じない。あっさりと叩き落とされてしまう。
「なかなか思い切りがいいことをする。だがまだまだ甘……い?」
余裕しゃくしゃくだったおっさんが、そこで首をかしげる。
先ほどのやりとりの隙に、ヒニクちゃんが足下から石を拾い、いつのまにやら立ち位置を変えていたから。
例え石を投げたとて、しょせんは幼女の弱肩。
先ほどのように軽くはじくだけと考えていたおっさん。しかしヒニクちゃんと自分の立ち位置を確認して「まさか!」との声をおもわずあげた。
位置的におっさんがちょうど縁側の窓ガラスを背負う格好。
これにて避けたらガチャン。横や後ろに受け流すようにはじいてもガチャン。
確実に前に叩き落とす必要がある。
技術的には余裕。だがいらぬプレッシャーを与えられたことによって、難易度が格段に跳ね上がった。
「なんという策士。その歳で戦術を弄するか。末恐ろしい子よ」
おっさんが時代劇がかったセリフを吐いて、幼女が大きく腕をふりかぶる。
固唾をのんで勝負の行方を見守るミヨちゃん。
が、これからという段になってガラリと窓ガラスを開いて、中からにゅうっと伸びたのはやっこ姉さんの足。
いくつになってもやんちゃな弟の背中を蹴飛ばし「いい加減におし」
これにて勝負はお流れ。
ミヨちゃんはガッカリするも、ヒニクちゃんはぼそり。
「いかに修行を積もうとも、姉に勝てる弟はいない」
家族であり、仲間であり、上下関係であり、競争相手でもある。
ときには援助したりされたり、支え合ったり、ケンカしたり。
なんだかんだで七割りほどの姉弟は、最終的に仲良しで落ち着くらしい。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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