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517 巡回カード
しおりを挟むピンポーンとインターフォンが鳴った。
かつては客の来訪を告げるだけのシンプルなヤツだったけれども、今時のインターフォンにはモニターがついており、玄関を開けずとも誰が来たのかひと目で分かるようになっている。
幼い女の子がいるのでヤマダ家でも、前のが壊れたのを機にこのタイプに付け替えた。
音に反応してミヨちゃんが「はーい」とモニターの前へ。
しかし小学二年生の背ではよく見えない。最寄りのイスを「うんしょ」と運んで、これによじ登って確認。
そしてミヨちゃんはギョッとなった。
何故ならモニターに映っていたのは、制服姿のお巡りさんだったから。
いきなりの警察の来訪。
身に覚えがなくてもドキリとしちゃう。それが小市民。
生憎とただいま家にいるのはミヨちゃんとヒニクちゃんだけで、大人たちはみな留守。
どうしたものかと二人は悩む。
最近ではプロ顔負けの演技にて、あの手この手で善人を騙そうとする劇場型詐欺師が巷を席巻しているらしい。
制服姿や警察手帳などを見せてもらったとて、本物なんて知らないから、あまりアテにはならないし。
しかし何か緊急を要する大切なお報せとかだったら困る。
子どもしかいないことを告げて、出直してもらうという案も出たが、これは却下。
もしも相手が悪党ならば、かえって「しめしめ子どもだけとは好都合」と舌舐めずりにて、オオカミに変身してしまうかもしれないから。
どうする? どうしよう? とオロオロする幼女たち。
悩んだ末に結局、出ることに決めた。
ただしミヨちゃんが応対している間、モップを槍のごとく構えたヒニクちゃんが背後に控えるという陣を敷く。
もしも対象にわずかでも怪しい動きがあれば、問答無用で突く。狙うはただ一点、急所を抉り込むようにして打つべし! 打つべし! 打つべし!
流れるような踏み込みから、繰り出される必殺の突き。
シュッ、シュッと突きの型を披露するヒニクちゃんの勇姿に、ようやく安堵したミヨちゃんがおそるおそる玄関の扉を開けた。
かわいい返事があったものの、なかなかでてこない家の住人。
やや待ちぼうけにて、どうしたのかと心配していたお巡りさんは、やっと姿を見せたくせっ毛の子どもに笑顔を向けるも、背後にて控えるタカのように鋭い目をしたオカッパ頭の子にビクリ。
でも開口一番にて「本物のお巡りさん?」とミヨちゃんがおずおず上目遣いにてたずねてきたので、ようやく自分がめちゃくちゃ疑われていることを察する。
なんとも居たたまれない気持ちになるものの、彼は笑顔を崩すことなく用件を伝えた。
「あー、その。本日は巡回連絡カードの記入をお願いしにまいりました。よろしければこちらにご記入してもらえると、いざというときにスムーズに処理できるから」
そういって差し出されたのは一枚の厚紙の用紙。
家の住人の構成やら、緊急時の連絡先などを記入する欄が表と裏にびっちり。
個人情報の保護が叫ばれて久しいこのご時世に、いまどき?
ミヨちゃんは首をコテンとかしげる。
しかしそんな態度には慣れっこなのか、そのお巡りさんは「あとでおうちの人に渡しておいて下さい。また回収に来ますので」と告げると立ち去る。
これからご近所を順繰り回るそうな。
玄関扉をバタンと閉めて、鍵をしっかりかけたところで、ようやくホッとひと息ついたミヨちゃんとヒニクちゃん。
手の中にある一枚の用紙を見つめて「こうやって個人情報を集めて、悪用する気なのかも」とミヨちゃん。
いかにもありそうゆえに、うーんと考え込んだ二人。
すると外からかすかに聞こえてきたのは、隣のお宅にて先ほどのお巡りさんと家主とのやりとり。
モメるとまではいかないけれども、何やら声を荒げる家主とそれをなだめているお巡りさんの気配が……。
なにせ幼女が疑うほどだもの、大人ならばもっと疑って然るべし。
いまごろ最寄りの警察署には確認の電話がバンバンかかっていることであろう。
「でも言われるままに、ハイハイと書いちゃうのも問題だよねえ」
ミヨちゃんがもっともな意見を漏らしたところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「巡回連絡カードは地域の安全を守るための制度にて、地味に役立つ」
自然災害時などに、すみやかに家族と連絡がとれるメリットがある。
スマホなんかにデータが集約されていると不具合が生じた場合、とっても困る。
ローテクもあなどれない。一人暮らしの独居老人とか、いざというときのために、ね。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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