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572 パームレスト
しおりを挟むミヨちゃんところの長兄、大学院生のヒロ兄。ついにノートパソコンを買い替えた。
この手の技術は日進月歩。数年も経てば性能が段違いに向上。
かつては電源ボタンをポチっとしてから、起動するまでにたっぷり一分以上もかかっていたのが、いまやほんの数十秒もかからない。
ポチ、ブーン、といった具合にてすぐにパソコンが操作できるように。
サイズもより薄くなり、ボディも軽くなった。衝撃にだって強い。
画面だって超キレイ! 性能が良くなったから、3Dのゲームだってぐりぐり……は、さすがにキビシイけれども、それなりに遊べる。
もっともヒロ兄は、あくまで研究のための使用目的にて、その辺はどうでもいい。
デザインもおしゃれになって、片手にて持ち、颯爽とキャンパス内を歩けば、それだけでデキる男のように見えなくもない。
しかし購入までの道のりは遠かった。
散々にネットで情報を収集し、時にはお店にいって実機に触れてみたり、購入した友人の話を聞いたり、すぐにでも欲しいのをグッとこらえてセールが来るのを待ったり。
予算と性能など、あらゆる面から合致する品を探しに探した。
それでようやく手に入れたのは白い機体。
白無垢のごとき様相なる美機。初お披露目をされたときにはミヨちゃんも「おぉーっ、キレイ」と感心したもの。
末妹に褒められて、ヒロ兄も鼻高々。
が、喜んでいたのも束の間。よもやこのような事態になろうとは……。
週末のこと。
ミヨちゃんに電話で泣きつかれて、ヒニクちゃんはヤマダ宅へと向かう。
そこで彼女を待っていたのは、ひっちゃかめっちゃかになった汚部屋。
といっても、ミヨちゃんの部屋ではない。
そこはヒロ兄の部屋であった。
事のあらましは、こうだ。
真っ新の真っ白いノートパソコンを手に入れたヒロ兄。さっそく、前のパソコンからのデータの引継ぎやら、各種セッティングなど、いろいろと面倒なことを行う。
そのうちに、やたらと自分の目が疲れていることに気がついた。
画面の解像度が前の奴より優れているので、てっきりそのせいかと考えていたのだけれども、なにやらちがうみたい。
で、いろいろと考察を重ねた結果、判明したのが本体の色のこと。
ノートパソコンのキーボード部分及び、タッチパネルや手首を置く周辺も白い造りなのだけれども、そこが天井の照明を受けてテカテカ光る。
白が銀のごとくに輝いている。
せっかく画面はノングレアにて目にやさしい仕様だというのに、まさかの手元からの照り返し! 加えて自分の机も白い事務机ときたものだから眼下がすべて白き世界。
スキープレイヤーがどうしてサングラスをかけているのか?
それを考えれば現在、ヒロ兄を襲っている現象のことが理解しやすいだろう。
ぶっちゃけ日頃からパソコンと濃密な時を過ごしている若者をして「ツライ」とこぼすほど。
気にしだすと、余計にダメ。
こうなると、もう部屋の模様替えをして、どうにか明かりの照り返しを防ぐしかないと考えたがゆえの、週末の大模様替えとなったのである。
それを知ったミヨちゃん。「乙女として、いろいろ口を出しちゃうよ」と参戦。
シスコンな長兄がこの言葉に喜んだのはいうまでもない。
この時、ヒロ兄もミヨちゃんも、「ちょっと机を動かすぐらいですむだろう」と甘く考えていた。だがしかし、そうは問屋が卸さない。
まず天井の照明がクセ者。
部屋の屋根の中央にどどんと居座る形式。それすなわち部屋のどこにいても明かりが届く。それはもう隅々まで。
おかげでどこに机を置いてもパソコンの画面に明かりが映り込むことに。
まあ、ノングレア画面はそれを抑える効果があるので、多少は問題ない。けれども手元のキーボード部分はちがう。
それはもうギンギラギンにて、ちっともさりげなくない。
自己主張全開にて、もしもうなるほど銀行口座に残高があるのならば、いますぐバッドでぶん殴りたいぐらいにイラ立つ。
それでアレやコレやとやっているうちに、部屋は片付くどころか散らかる一方。
なのに一向に解決への道筋が見えてこないことに危惧を覚えたミヨちゃん。親友を頼ることにする。
呼ばれてやってきたヒニクちゃん。ざっと検分ののちにぼそりと言った。
「ついモニターばかりに目が行きがちだけど、パームレスト問題も厄介」
部屋の明かりを落とすのがてっとり早いけれども、室内が陰気臭くなる。
メーカーは使用する場所を工夫してくださいというけれども、
日本の矮小住宅を舐めないでほしい。逃げ場なんてないもの。
なおパームレストってのはパソコンのタッチパネル横。手首を置く場所のこと。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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