ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

636 むめん

　
　山の自然と人の街との境を守るかのようにして存在する集落を、里山という。
　ぶっちゃけ、いま流行のスローライフ、隠遁生活、第二の人生は……な田舎である。
　おかげでちょこちょこ都会から人が戻っているとはいうが、それでもかつての繁栄にはほどとおく、寂れまくっているせいで、ほとんど廃村にて野生の王国と化しているのが現状。
　自然との接点が多いということは、それだけ鳥獣たちとの距離が近いということ。
　庭で草むしりをしていて、何者かの視線を感じてふり返ったらクマがいた！　なんて実話がごろごろ。
　で、近頃、里山が廃れたせいで境界があやふやになり、街中にまで降りてきて問題になっているのがイノシシ。
　小さいころはウリ坊と呼ばれ、カラダの縞模様がたいそう愛らしいのだが、大きくなったら下手なクマよりデカくなっちゃう。
　その突進力たるや軽トラックばりであり、その速度たるや原付バイクでもヤバいかもというぐらい。
　牙を持つ個体になると、走る凶器。
　うっかり引っかけられただけで、人間のやわな肌なんてあっさりざっくり。
　あげくにガブリと噛む。
　ずんぐりむっくりで、口もあまり大きくはないから平気かと思いきや、なんでもモリモリ食べるアゴのチカラは強く、まともにかじられたらシャレにならない大けがを負うことに。
　たびたび街中に出現したイノシシが乱暴狼藉を働いてはニュースになるほど。
　だからミヨちゃんも、イノシシは危ないと知っていた。
　けれども実物を前にしたら、聞くと見るとでは大ちがい。まるで動く岩！
　そう、現在、ミヨちゃんとヒニクちゃんは河川敷の繁みの奥にて、イノシシと遭遇中なのである。

　二人でドッジボールの練習をしていたら、うっかりコロコロ。
　あわててボールを追いかけて、繁みへと入っていったミヨちゃん。
　しばらく待つも出てこない。
　だからヒニクちゃんが心配して様子を見に行ったら、後ろ足を盛大に蹴り上げて、猛り狂っているイノシシと、それににらまれて固まっているミヨちゃんを発見したという次第。
　お忘れの方もいるかもしれないが、ミヨちゃんはモフモフ全般との相性が最悪。なぜだか蛇蝎のごとく嫌われており、ウサギやハムスターたちからすらも「シャーっ！」と威嚇されちゃう星の下に生まれた。
　対してヒニクちゃんはモフモフ全般から絶大な支持を得ており「獣の女王」の異名を持つ。
　だから興奮しているイノシシをなだめようとするも、少しばかり遅かった！
　猛然と駆け出したイノシシ。一直線にミヨちゃんの下へ。
　幼女、風前の灯火！
　が、そのイノシシの姿がちょっと進んだところで、フッと消えてしまった……。

「えっ？　あれ……、どこに消えたの。まさかテレポート！」

　驚くミヨちゃん。
　まさかの新キャラ、イノシシエスパーの登場！
　なんてことはなく、よくよく見ればイノシシは深く掘られた穴に落っこちて、目を回していた。
　穴の縁から底をおそるおそる覗いていたミヨちゃんとヒニクちゃん。
　するとすぐそばの繁みがガサゴソ。
　二人がビクリとしていてたら、中から出てきたのはやっこ姉さんの弟のおっさん。
　リアル風来坊のラストサムライ、登場するなり「ありゃあ、穴堀りの途中に小便へいってるうちにイノシシが落ちてら。ラッキー」

　なんでもこの頃、イノシシの姿がちらほらしていたので、地元の狩猟会に捕獲依頼が出ていたそうで、そのお手伝いをしていたそうな。
　とにもかくにも助かって、へなへなとしゃがみ込んでしまったミヨちゃん。ほっとしたとたんにチカラが抜けてしまったらしい。
　ヒニクちゃんもミヨちゃんの無事に安堵しつつも、じーっとおっさんを見つめながらぼそり。

「狩猟免許には四種類ある」

　網を使う網猟免許。ワナを使うわな猟免許。
　銃器を使う第一種銃猟免許。空気銃を使う第二種銃猟免許。
　なお無免許での狩りは鳥獣保護管理法違反となります。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。