ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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639 きだい

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 昨夜、テレビでドラキュラのホラー映画が放送されていた。
 それを家族でいっしょに見ていたミヨちゃん。
 いちおうホラーとはなっているものの、ドラキュラは若いイケメンのお金持ちの青年。
 人間であるヒロインとの愛に苦悶しつつ、一族に反旗を翻して……。
 などというちょっと少女マンガチックな内容。
 アクションあり、ラブロマンスあり、ほろりと涙あり。
 いかにも海外の映画らしいサービス精神旺盛な展開の連続に、画面の前にくぎ付けとなってハラハラドキドキのミヨちゃん。
 けれども隣に座るおばあちゃんはちょっとちがったようで「時代がかわったねえ」としみじみ。

「どういうこと?」

 ミヨちゃんがたずねたら、おばあちゃんは言った。

「昔の映画でドラキュラと言えば、若い娘の生き血をすする、それはそれは恐ろしい存在としてえがかれていたものさ」

 娘が寝ていると、夜更けにカギをかけたはずの窓が音もなく開いて、枕元に立つ怪しい影。
 ふしぎなチカラで目が虚ろな娘の首筋にガブリと牙を突き立てるドラキュラ。
 けれども一度に全部は吸わない、毎夜通っては少しずつちびりちびりと味わうように吸っていく。
 やがて日々痩せ衰えていく娘の異変に気付いた親が、調べてみると首筋におそろしい痕が!
 あわてて教会の神父さまにすがって……。
 といった感じのお話がかつては定番だったとか。
 その頃から比べたら、ずいぶんとステキにイケてる風にえがかれるようになったドラキュラというキャラクター。
 そんなドラキュラにもモデルとなった人がいると教えてくれたのは、大学院生のヒロ兄ちゃん。
 その人はあくまで侵略者たちから領土を守るために、見せしめとしてクジ刺しにした敵兵を晒しものにしたという。
 ミヨちゃんからすれば、十分におっかないオッサンなのだが、厳しい時代だったというし、まぁ、しようがないかとうなづく。
 けれどもそんなオッサンよりも、もっとスゴいモデルがいると聞き、その話しを耳にして心底ぶるった。
 映画なんかよりもよっぽど怖くって、夜中に一人でトイレに行けないほどに。

「エリザベート・バートリっていうオバちゃんは、マジでヤバいよ」

 いつものごとく仲良しのヒニクちゃんとの下校時のこと。
 周囲をきょろきょろ気にしつつ、小声でその名を口にしたミヨちゃん。
 この貴族のオバちゃん。
 もともとナルシストの気があったらしいのだが、四人の子どもを産んでからは寄る年波には勝てずに、肌は張りを失いあちこち小ジワが目立つようになる。
 怪しげな魔術師から買った怪しげな薬も試してみたけれども効果なし。
 そんな最中に何をとち狂ったのか、若い娘の生き血ならばピチピチになれるとかんちがい。
 そこから殺りも殺ったり、若い娘ばかりを六百人も犠牲にしては、その血を全身に浴びまくった。

「まぁ、最後には悪行がバレて、とっ捕まったんだけど信じられないのは、その後だよ!」

 憤るミヨちゃん。
 なんとそのオバちゃん、死刑になることもなく、財産が没収されることもなく、終身刑に処された。あげくに刑が確定してから三年以上も生きていたという。ちなみに命じられて悪行に手を貸していた下々は、そっこく首を刎ねられた。なお犠牲者家族にはなんら補償もされていないとか。
 当時の身分格差をまざまざと見せつけられるような結末に、「わたしだったら、逆に化けてでてやる!」とミヨちゃん。
 この話を聞いて、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「げに恐ろしきは美への妄執。女の業なり」

 欲望に従順忠実に生きた正直者の女たちを希代の悪女と呼ぶ。
 悪徳もスケールが突き抜けると、痛快さを伴うからとってもふしぎ。
 それらに比べたら現代のお騒がせクィーンなんて、プププのプ。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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