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672 ばらいろ

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 カップラーメンと袋メン。
 ウマさという観点に立つと、軍配は袋メンにあがるという。
 その理由は、調理のひと手間。
 カップラーメンはお湯を注ぐだけで食べられるという、利便性を追求した結果、どうしてもお湯の温度がネックとなる。
 注いだ以上は温度はずんずん下がる。
 そしてカップ内にて調理工程が完結している以上、茹で加減などにムラが生じる。それ込みでのウマさを実現しているのはあっぱれ。
 対して袋メンは、鍋でぐつぐつ。
 火力、熱量、お湯の中を踊るメン……。
 すべてがカップラーメンを上回っている。
 結果としてアツアツぶりがちがう。
 スープの風味、香りがちがう。
 メンの茹で加減、仕上がりも全然ちがう。
 つまりラーメンを構成するすべての要素にて、袋メンがカップラーメンを上回っているということ。

 土曜日の昼下がり。
 その説を自分の舌で確かめてみようと試みたミヨちゃんとヒニクちゃん。
 ヤマダ宅にてチャレンジしてみることにする。
 とはいえ幼女だけでは火を使わせてもらえないので、ミヨちゃんのお母さん監修のもとに実施。
 同じメーカーから販売されている袋タイプとカップタイプを用意。
 味は悩んだ末にべたな醤油味と味噌味をチョイス。
 袋タイプには、あえて何も足さない。
 水の量もカップでしっかり計って、説明書きにある方法を忠実に再現。
 それこそお湯の温度まできちんと計測して調理にのぞむ。
 その結果は……。

「なんてこったい。これほどの差がでようとは」

 同じ製品でもまるで別物。
 それぐらいに如実にあらわれた両者の差。
 お湯を注ぐだけという安易さに飛びつき、楽な道を歩んだ結果、これまでどれほど損をしていたのかを悔やむミヨちゃん。

「やっちまった。いや、でもいまからでも遅くはない。わたしは袋派に転向するよ」

 末妹の宣言を横目に、ニオイに引かれて顔を出し、ちゃっかり実験に参加。ご相伴に預かっていたのは高校生の次兄であるタカ兄ちゃん。

「ミヨはいいよ。その年で気づけたんだから。兄ちゃんは、もっとずっと損をしていたんだ。でも、寒空の下ですするカップメンはウマいんだよなぁ」

 なにげにつぶやいたそのひと言に「あー」とミヨちゃんも同意。「そうなんだよねえ。外で気楽に楽しめるのが、カップメンのだいご味なんだよ」

 苦労してのぼった山の天辺でたべるカップラーメンの、なんとウマいことか。
 友だちと集まってコンビニで買ったカップラーメンを、公園の片隅ですする青春の一ページ。
 対して袋メンで思い浮かぶシーンといえば、大学生が四畳半一間の和室ボロ下宿にて、手鍋からじかにすすっている妄想映像。
 桃色の大学生活を夢見ていたのに、どうしてこうなった!

「そんなしみったれた大学生活はイヤだ!」とミヨちゃんが叫んだ。
「せめてフローリングの部屋がいい! できればロフトを希望する! だってオシャレだもの!」とタカ兄ちゃんが叫んだ。

 兄妹の心の叫びを聞いて、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「心配しなくても、だいたいの大学生はそんな感じ」

 中学生になったら、高校生になったら、大学生になったら。
 とたんに人生がバラ色になるわけがない。いい加減に悟れ。
 とっとと一歩を踏み出し、一緒にラーメンをすすれる相手を探せ。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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