ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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692 むき

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 大人たちはことあるごとにこんな台詞を口にする。

「差をつけるなんてかわいそう」
「過度の競争を強いるのは虐待に通じる」
「何ごとも平等、公平であるべき」

 まぁ、なんとなく言いたいことはわからなくもない。
 だからって駆けっこで、手のつないでみんないっしょにゴールとかは、ちょっとちがうような気がする。
 なにより現実は世知辛い。
 容赦なく幼心を打ちのめす。
 大人たちが言っているのは、現実に則しておらず、もはやファンタジー。
 無茶な思想を押し付けられる子どもたちだって、そんなことはとっくに理解している。
 というか、そもそも大人たちは盛大なかんちがいをしている。
 なにせ当の子どもたちこそが、競うことが大好きなのだから。

 駆けっこをすればムキになるし、ドッジボールをすればムキになるし、スモウをしてもムキになるし、バスケットボールにサッカーや野球をするときだってムキになる。
 テレビゲーム、カードゲームにあれやこれ。
 はてはテストの点数を競ったりもする。
 勝てばよろこび、負ければ悔しがる。
 切磋琢磨して、互いを高め合うなんて、そんな立派な考えは毛頭ない。
 ただ目の前の勝負にのめり込む。
 なぜか?
 それは夢中になるほうが楽しいからだ。
 ムキになるほど真剣にて、勝っても負けても得られる満足が競争の先にはあるからだ。
 そりゃあ、ものには限度というものがある。
 良識ある大人が言うように、心と体に多大な負担を強いるような競争は論外。
 でも、あえて苦難に立ち向かおうとする子どもの邪魔をするのは、挑戦しようとしている子どもの前に立ちふさがるのは、いかがなものかと。

 で、現在、ミヨちゃんの教室で流行しているのが、何故だか腕相撲。
 もっとも原始的かつ、いつでもどこでも行える競争。
 他人よりも強い腕力を持つ者が勝つ。体躯に恵まれた者が勝つ。
 もちろんアームレスリングには技術が存在する。呼吸の読み合い、高度な駆け引き、頂きを極めようとすれば、その道は果てしない。単にチカラだけでは到底無理だろう。
 けれども小学二年生では、そこまでは必要なし。
「おらぁ」気合一閃。押し倒すばかりにて勝敗がつく。
 だから腕白な子が流行当初は天下をとっていた。
 しかし長くは続かない。
 調子にのって女子に手を出したのが運の尽き。
 小学生の段階では、ある程度までは女子の方が発育がいい。
 なによりミヨちゃんのクラスには、すでに上級生ばりの体力と体躯を保有するリョウコちゃんがいた。天賦の才のみならず、日頃から鍛錬を欠かさない彼女に、へにゃちょこどもが束になってもかなうわけもなく、絶対女王が誕生。
 その暴腕ぶりにて、あっさり殿堂入り。
 でも悔しい男子たち。女子に負けっぱなしはイヤ!
 そこで他の女子たちにちょっかいを出す。
 勝ち星を稼ぐために、プライドを捨てた男子ども。
 なにやら本末転倒ながらも、これに巻き込まれた女子たちこそはいい迷惑であった。
 ミヨちゃんも度々勝負を挑まれては「あーん」とぺしゃり。ごんと手の甲を机にぶつけられて、「うー」と涙目に。
 もっとも弱者をいたぶって得た勝ち星は、直後に怒ったヒニクちゃんによって、あっさり消されてしまうのだが……。
 家でゾウガメのポン太を飼っているヒニクちゃんは、お人形さんと見まがう容姿ながらも、これでなかなかのチカラ持ち。趣味の家庭菜園も手伝って、けっこうな剛腕なのである。
 貧弱な坊やをやっつけたヒニクちゃんが、相手を見下ろしフッと鼻で笑う。

「体よりも、まず心を鍛えろ」

 肉体改造に魅せられ、とり憑かれたように鍛錬をする者がいる。
 異常な生活を経て、見事を通り越し、やがて歪な肉体へと変貌。
 しかし人は人以外にはなれない。そこまでやってもゴリラに勝てない。
 野生と種の壁はあまりにも高く厚い。なにごともほどほどに。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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