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810 ふきあげ
しおりを挟む家で遊べる花火セット。
なんだかんだで、ポンポンと打ち上げ花火がメインで、その他は脇役のようなもの。
子どもからすれば、線香花火にいたっては、完全に刺身のツマ状態。
が、それも今は昔のこと。
時代はかわった。
昔は家の前の道路で、夏の夜になれば花火を楽しむ家族の姿がよく良く見られたものだが、いまではあまり見かけない。
火の不始末やら、煙やニオイ、騒ぐとご近所さんがあまりいい顔をしなくなったから。ヘタをすると目くじらを立てて、怒鳴り込んでくることさえある。
かといって公園でも、「遊んじゃダメ!」と禁止にしているところも多い。
あれもダメ、これもダメと本当にめんどうくさい世の中になった。
そんな世相を反映してか、花火セットの中身にも変化が生じる。
打ち上げ花火はとっても華やかだけれども、ポーンと空に向かって打ち上げるがゆえに、ちょいとあとが怖い。扱い方をあやまると、ちょっとした砲台になるし。
ヘンなところに飛び込んで、そのままボヤさわぎとかになったらたいへん!
ゆえに、いまでは打ち上げ花火にとってかわりつつあるのが、吹き上げ花火。
地面に設置して火をつけたら、ゴウゴウと吹き出すタイプ。
あくまでその場で完結するので、安心安全。
需要が高まれば供給も増える。
供給が増えれば、競争も激化してよりよい製品が開発される。
その結果、いまでは吹き上げ花火のジャンルがとっても熱いことになっている。
はじめチョロチョロからのドバっと派手にいくタイプや、時間の経過とともに色を変えるタイプ、たんに噴き出るだけでなくパチパチはじけるタイプ、グルグル回転しては大輪の華を咲かせるタイプ、時間とボリュームで圧倒するタイプ、しだら桜のようにしっとりうっとり魅せるタイプなどなど。
まるで打ち上げ花火にかけられない情熱を、噴き上げ花火に傾けるかのごとく、次々と綺羅星のごとく開発される魅惑の品々。
そんな品々がずらりと棚に並ぶ、花火問屋に本日はお邪魔しているミヨちゃんとヒニクちゃん。
大人の事情によって、夏祭りも花火大会も中止になってガッカリしていた二人を、ミヨちゃんの長兄である大学院生のヒロ兄が、自分の大学の近所にあるこのお店に誘ってくれたのである。
どこを見ても花火、花火、花火……。
箱詰めされた品が天井近くまで山積みされてある圧巻の光景に、幼女たちは目をぱちくりするばかり。
で、そんな問屋の店主さんから「いまの売れ筋だよ」と教えてもらったのが、吹き上げ式の花火。
はじめのうちは「えー、花火っていったら、やっぱりドーンと打ち上げ式だよ」とか言っていたミヨちゃんも、実際に多彩な商品を前にしたら、「すげー」と感心するばかり。
「花火セットひとつと、あとは好きなのを三つ選んでいいよ」
ヒロ兄からそう言われて、さっそく商品の品定めを熱心にはじめたミヨちゃんたち。
あーでもないこーでもないと悩むミヨちゃん。
そんな幼女の姿に目を細めている店主。その横顔はうれしそうだけれどもちょっと寂しそうでもあった。
理由は言わずもがな。夏祭りや花火大会が中止になった余波がここにも及んでいたのである。
それを見てヒニクちゃんがぼそり。
「不要不急って何なんだろう」
ある人にとっては大切な物が、他の人にとっては不要。
その人はどうしても外せない用事だと考えているけど、
そうじゃないという人もいる。
自己判断なのに責められる、この理不尽さよ。
言葉の響きはピシャとしているのに、どうにもふわふわしてる。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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