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892 ふるいど
しおりを挟むかつてはそこいらの家で見られた井戸も、いまではほとんど見かけない。
地方によってはまだまだ現役のところもあるそうだが、少なくともミヨちゃんの住む地域にはない。
が、使われていない古井戸ならば現存している。
近所のお寺の裏手にあって、安全対策のためにばっちり金網が設置されてあるだけでなく、万が一のときのために、すぐそばには縄梯子まで標準装備。
どうしてここまで念を入れているのかというと、実際に落ちた子がいるから。
そのときには井戸にはフタがされてあったのだけれども、その上に乗ってぴょんぴょんしたものだから、ベキっといってドボン。
さいわい一人ではなくて友人がいて、すぐに大人に助けを求めたから大事には至らなかったけれども、一歩間違えばそのまま溺れ死んでいたなんてことも充分にありえた。
季節が夏場だったのもよかった。もしも冬ならば凍える水につかった瞬間に、心臓がたちまちどうにかなっていたであろうから。
その際に「いっそのこと埋めてしまおうか」という案も持ち上がったのだけれども、「あの世に通じている」なんて逸話のある井戸ゆえに、「さすがにちょっと手を入れるのは怖い」となって、現在の形に落ち着く。
あえて金網にして中が見えるようにしてあるのは、上に乗って遊んだりしないようにするため。
なまじ隠すから興味を覚える。のぞこうとする。頑丈に封をするから上に乗る。
つねに大人たちの配慮の斜め上をいく子どもたち。その天邪鬼な心理を逆手にとった方法は、いまのところ順調に機能しているらしく、あれ以来、事故は起きていない。
そんな井戸の前へとやってきているミヨちゃんとヒニクちゃんたち。
お寺の裏手は日陰にて、ただでさえジメジメしているところに加えて、水場特有の湿気やニオイが、陰気な雰囲気をいっそう色濃くしている。
いかにも何かが出そうにて、ぶっちゃけあまり立ち入りたくはない場所だ。
でも「あの世に通じている」という話を聞きかじったミヨちゃん。どうしてもウワサのスポットをちょっいとのぞいてみたくなった。いわゆる怖いもの見たさというやつである。
が、実際におそるおそるのぞいてみたら、なんてことはないふつうの井戸。
底の方にて暗い水面がぬらぬら動いているのが少し不気味だけど、まぁ、それだけだ。
「どうしてここがあの世に通じているんだろうねえ」
コテンと首をかしげるミヨちゃん。
似たような逸話が残る場所が全国各地に点在しているらしいけど、しょせんはどこもこんな感じなのかと少しがっかり。
もっとも本当につながっていたらシャレにはならないけど。
なんぞと笑うミヨちゃんに、ヒニクちゃんが言った。
「むしろあの世に通じていない場所を探す方がたいへん」
海でも山でも、川でも、街中でも、学校でも、たとえ自宅でも。
いつなんどき不測の事態が起こるのかなんて、誰にもわからない。
ポックリ逝く可能性は常につきまとっている。老若男女を問わず。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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