ルシィラ砦の七人

月芝

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011 転移陣、戦争の舞台裏

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 ベリエがルシィラ砦にやってきてから、はや月が二度巡っていた。

 太陽が毎日せっせと昇ったり沈んだりしているのに対して、月は東から昇り一日ごとに西へと向かって少しずつ進む。29日周期で満ち欠けをし、地平の彼方へ没した後は3日間姿を完全に隠してから、また東から顔を出すをくり返す。

 だからベリエがこの地に赴任してから、61日が経ったということになる。
 もうすっかり慣れた……というのは無理で、いまだに戸惑うことばかりだ。
 それでもどうにか死の森で生きていくのに必要とされる『呼吸法』『魔力操作』『気配遮断』は身につきつつある。
 もっとも習熟度はまだまだで、ベリエはしょっちゅうカリマに尻を蹴飛ばされては喝を入れられ、サジタリオや赤鼻らにゲラゲラ笑われている。

  〇

 夕食の時間になったので、ベリエは食堂へと向かう。

 砦での生活はやるべきことさえやっていれば、あとはほとんど自由行動が許されている。メンバーそろっての晩餐もやるべきことのうちのひとつだ。
 これはあとから知ったのだが、点呼――生存確認の意味合いもあるらしい。
 なにせすぐそばに死の森があり、広い砦にはたった七人しかいないもので。

 司令のジェラルドは職務には厳格だが、それ以外についてはとても寛容であった。
 もっとも曲者揃いなので、それぐらいでないと上手く回せないのだろう。
 みな空いている時間に何をやっているのかといえば、ある者は趣味に没頭し、ある者は部屋に引き篭もり、またある者はひたすら鍛錬をしていたりする。
 未熟なベリエはもっぱら自主練に費やしている。職務時間中は諸先輩方のうしろにくっついては教えを受けている身なので、実質ずっと訓練をしているようなものだ。

「げっ、今日はハズレかよ」

 食堂の入り口付近からそんな文句が聞こえてきた。
 サジタリオだ、テーブルの上をにらみながら「うへぇ」と口をへの字にしている。
 ハズレ扱いされたのは、本日の料理当番であるアレオンが用意した晩飯だ。
 でんと黒々とした魔獣の丸焼きがのっている。

 ……というか、それしかない。

 にしても大きい。こんな在庫、冷蔵室にはなかったはず。
 おおかた鍛錬ついでに森で狩ってきたのだろう。
 アレオンが料理当番の時は、いつもこんな調子であった。
 彼は基本的に、肉、肉、肉である。
 肉さえ喰っておけば万事問題がないと信じ込んでいるようだ。
 一方で野菜類を目の仇にしているきらいがある。

 ベリエとて肉は嫌いじゃない。強靭な躰を育てるのに必要なことも理解している。
 それはサジタリオもだし、他の者たちもきっと同じだろう。
 だが、それはきちんと処理されて、調理されたモノに限る。
 その点、アレオンの料理はじつに大雑把であった。
 味は二の次、胃袋に放り込めば関係ない。
 だからとりあえず血と内蔵を抜き、火さえ通しておけばいいだろうといった具合にて。
 けれども肉料理はその火加減こそが肝要にて。
 あれほど愛槍を片時も離さず丁寧に扱うのに、それ以外はさっぱりなのがアレオンという男であった。

 とりあえずちゃんと焼けており、あまり焦げていない箇所を選んで切り分けて、ベリエは席についた。
 だがその時点でひとりだけ、まだ食堂に顔を見せていない者がいることに気がつく。

 ――カリマがいない。

 白面姿の彼は気配が希薄ゆえに、いつの間にかあらわれて、知らないうちに食事を済ませてはいなくなっている。
 ゆえにとっくに着席しているものとばかり……
 さりとて、あの元暗殺者が森でどうにかなったともおもえず。
 だからベリエは隣で酒瓶を傾けていた赤鼻に「カリマさんの姿が見えないようですけど」と訊ねてみた。

「ん? カリマがおらんじゃと。ほうほう、またぞろ助っ人にでも呼ばれたんじゃろう。なぁに放っておけば、じきに帰ってくるわい」
「助っ人? 何のですか」
「何のって、もちろん魔王軍との戦に決まっとるではないか。
 おや、その顔だと、ひよっこはまだ聞かされておらんかったか」

 ルシィラ砦より、ときおりメンバーがふらりといなくなることがある。
 応援要請により出張するためだ。

 戦力がいささか心許ない、風向きが思わしくない、時間が押している、敵が予想以上に強い、不測の事態が起きた……などなど。

 呼ばれる理由はさまざまだ。
 そこへ助っ人として参戦しては、敵勢を蹴散らし事態を打開する。
 世間的に嫌われ唾棄されている忌み名持ち。
 だが強い。一騎当千にて、不利な形勢をひっくり返すだけの力がある。

 異世界から召喚された勇者たちにも同じことは可能だろうが、彼らは連合軍の要にして象徴だ。
 人事権は聖教会が握っており、おいそれと呼べるような相手ではない。
 連合軍のしかるべき上層部にお伺いを立て、主要各国のお歴々に根回しをし、教会に多額の献金をし陳情書を提出、さらには当人がうなづいてようやく派遣される。

 名の通った大物を招聘するのはたいへんなのだ。
 しかし差し迫っている状況下に、こんなまどろっこしことをしている暇はない。
 そんな時に重宝がられているのが、ルシィラ砦の者たちであった。

 とはいえ、こちらもけっして安価ではない。
 まず呼び寄せるのに使用される転移陣の用意に、相当の魔力と費用がかかる。
 これは転移陣が基本的に生き物ではなくて、物資を対象にしたものだからだ。
 無機物を送る際にもそれなりに必要だが、これが生きた人間ともなると桁がいくつもちがってくる。

 それだけの費えを払っても、運べるのはひとりかふたり。
 しかも並の者だとひどい魔素酔いを起こしてしまい、当分の間、使い物にならない始末。
 その点、ルシィラ砦の者らは日頃から高濃度の魔素地帯で活動しているだけあり、丈夫であった。
 平然としており到着次第、即戦力となる。

 呼び寄せ、仕事をさせ、終わればすみやかに返却する。
 一連のことは非公式にてい秘密裏に行われる。
 忌み名持ちに頼るなんぞは恥、外聞が極めて悪いからだ。
 ゆえに高額の報酬には口止めの料もたっぷり上乗せされており、あがりの一部が砦にも納められ、維持管理費に回されているという。

 いちおう砦には予算が組まれているが、それは最低限にて。
 中央や世間の注目は北の最前線にばかり集まっており、南の果てへの興味は薄く対応はおざなりだ。
 さらにはどうやら中抜きをされているらしい。
 じつに腹立たしいことだが、ジェラルドはあえて見逃している。
 さもしい小物にかまけて、砦の実態が露見し、中央からいらぬ横槍をされることが煩わしいからだ。これは彼だけの考えでなく、メンバーらの同意していること。

 赤鼻がちょいちょいと手招きをする。
 ベリエが顔を近づけると、赤鼻が耳元でこそっと囁いた。

「ここだけの話じゃぞ。じつは勇者が仕留めたとされている魔王軍の十二騎将のうちの、いくつかの首級をあげたのは、うちの連中の仕業じゃ。
 あと今回の北の魔王城への道筋をつけてやったのもな。ひっひっひっ」

 十二騎将は、魔王軍の幹部クラスだ。
 その力はすさまじく、単騎で連合軍の軍勢を蹴散らし、城どころか、ときには国をも滅ぼしたことさえある。
 魔王の矛にして盾であり、次期魔王候補でもあるという。
 連合軍は何度も煮え湯を飲まされてきた。
 だからこそ、それを勇者たちが討ち取ったとの朗報が伝わった時には、市井の誰も彼もが浮かれて、おおいに喜び湧いたものであったが……

 戦争の醜い真実を知りベリエは愕然とするあまり、おもわず手にしていたフォークを落としてしまった。


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