下出部町内漫遊記

月芝

文字の大きさ
92 / 106

092 地下書庫へ

しおりを挟む
 
 本の中から彷徨い出たキャラクターたち。
 そのお悩みを解決することで、彼らは本来いるべき自分の世界へと戻り、あとには本が残される。これが一連の流れだ。
 彼らのことをよく知るには、その本を読めば一発であろう。
 だけど肝心の本を読むためには、まず彼らの抱えている諸問題をどうにかする必要があるわけで……

 タマゴが先か、ニワトリが先か。

「って、あれ? これってすでに詰んでない」

 本が手元にないので調べようがない。
 さりとてムーさんが自力で記憶を取り戻せるかといえば、微妙なところだ。
 思い出せるものならば、とっくに思い出しているだろうし。
 よしんば記憶が甦るにしても、それはいつになることやら。
 のんびり待っていたら他の本のキャラクターたちも飛び出してきて、暴れちゃう。

「どうしよう……」

 わたしは頭を抱えた。
 するとジンさんがポン、迷える乙女の肩を叩く。

「諦めるのはまだはやいぞミユウ。とりあえず在庫がないか問い合わせてみよう。幸いなことに本のタイトルはわかっていることだしな」

 言われて、わたしはハッとする。
 通常はミッションをクリアしないことには、対象のキャラクターが登場する本のタイトルも不明なままだが、今回のケース……ムーさんにかぎってはちがう。
 初見時に、第六の試練の儀を執り仕切っている文花が教えてくれたのだ。

「あの子は『青のスーラ』というファンタジー小説の登場人物よ」と。

 わたしもそのことを思い出した。
 そしてここは膨大な蔵書数を誇る大図書館である。
 一冊とは限らない。
 ジャンルによっては同じタイトルの本を複数冊所有しているケースもままあるのだ。
 とはジンさんからの情報である。

 その辺の図書館事情にうといわたしは「へー、そうなんだ」と感心する。
 ずっと行方不明だった腎臓のかたわれを取り戻し、パーフェクト人体模型となったジンさんはひと味ちがう。心なしか、ちょっと雰囲気が落ちついたように見えなくもない。
 というわけで、わたしたちはムーさんといっしょに、さっそく一階フロアへと向かうことにした。

  〇

 通常ならば司書の方がいるはずの受付カウンターは無人……
 だからわたしたちは窓辺の閲覧席にいる彼女のところへと。
 ここは文花の所定位置にて、あいもかわらず黙々と本を読んでいる。

「文花さん」と声をかけて、かくかくしかじか。

 事情を説明すれば「そういうことなら仕方がないわね。ちょっと調べてみましょう」
 文花はどこからともなくタブレットを取り出しては、その画面をちょんちょんと指先でつまびくことしばし。

「あら、貴女たちってば運がいいわね。お探しの本ならもう一冊所蔵されているわね。貸し出し中でもないから、地下の書庫の方にあるはずよ。ついでに案内してあげるわ」

 カウンターの奥の鉄の扉をくぐった先にある階段から、地下へと移動する。
 ここは関係者以外は立ち入り禁止にて、「勝手をされて迷子になられても困るから」と文花。
 春から中学生になろうかというのに迷子とか……わたしはちょっとムッとしちゃうも、それがなんら大袈裟な物言いではなかったことを、すぐに知った。

「広っ!」
「おぉー、まさしく知の迷宮だな」
「よくもまぁ、これだけ集めたものだ」
「ここまでいくと壮観だねえ」
《………………》

 やや天井が低い地下空間には、ズラーっと棚が並んでおり、すべてに本がびっちり。
 いくら目を凝らしても奥の方がよくわからない。紙とインクのニオイが充ちている地下書庫はとてつもなく広かった。
 もしも文花さんに案内されなかったら、『青のスーラ』の二冊目を探し出すのも至難であったことだろう。
 同じような景色が延々と続いている。
 これでは帰り道がわからなくなって迷子になっても、ぜんぜん不思議じゃない。

 そんな知の迷宮を文花は迷うことなく進んでいく。
 見失ってはぐれたらたいへんなので、わたしたちもカルガモの親子のようについて行く。
 だが辿り着いた先は、他所とはいささか雰囲気が異なっている区画であった。
 書架に整然と並んでいた本たちとはちがって、痛みが目立つ本ばかりが集められているそこは修繕待ちの隔離スペースであった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

カリンカの子メルヴェ

田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。 かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。 彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」 十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。 幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。 年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。 そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。 ※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

処理中です...