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089 すすり泣く、濡れ髪の女
しおりを挟む草木も眠る由三つ時――
室内をウロウロする影があった。
足音はしない。存在感も希薄にて。
幽霊?
だが千花は無視して、寝返りをしては背を向けた。
それからしばらくするとお次は……
シクシクシクシク……
さめざめと泣く女の声がする。いかにもでわざとらしい。
千花はこれにも反応せず。明日も学校があるのだ。付き合ってなんていられない。
そうしたら、泣き声がいったん止んだ。
チラッチラッと自分の様子を伺うような気配は、見なくてもなんとなくわかる。
で、またシクシクと泣き始めたのだけれども、今度はさっきより声が大きくなっており、距離もどんどん近くなっていく。
最初のうちは部屋の隅の方で控えめに泣いていたのが、いまや枕元まで接近しては、寝ている千花を見下ろすような位置にて。
こうなれば我慢比べである。
千花は意地でも目を開けてやるもんかと、固く瞼を閉じている。
するとその頬にべちゃっと触れるモノがあった。
濡れそぼった細いモノが、いくつもいくつも、ぺちゃりぺちゃり。
その感触から、千花は触れているのが女の濡れ髪だとすぐに察する。
ふつうならば、ここまでやられたら悲鳴のひとつもあげて跳び起きるのだろうけど、千花が考えていたのは……
(あっ、そろそろお風呂の排水溝の掃除をしなくちゃ。でもあれって、ヌルヌルして気持ち悪いんだよねえ)
アレ専用の便利グッズとか100円均一に売っているけれども、結局は掃除をせねばならない。大なり小なりそれがたまらなく億劫にて。
なんぞと他のことを考えては、意識を相手からそらす。
するとついにシビレを切らしたらしく、今度は寝ている千花をゆさゆさ揺すり始めた。
それでもなおタヌキ寝入りを決め込んでいたら、揺れがよりエスカレートしていく。
ついにはベッドごと、ガガガガガガ!
最初の遠慮がちな態度はどこへいった?
というぐらいに、露骨に大胆に。
対して千花は布団を頭からかぶっては、そっぽを向こうとしたのだけれども。
布団が持ち上げられない!?
それもそのはずだ。縁をガッシと掴んでは「そうはさせんぞ」と云わんばかりにて。
だが甘い。
ならばこうするだけだと、千花はシュポンとみずから布団に潜った。
小柄な千花ならば、余裕で亀になれるのだ。
――いいから、とっとと起きろ!
――絶対にイ~ヤ~だ~!
無言の応酬が続くさなか。
布団の中に潜って千花は籠城する。
以降は掛け布団を巡る攻防へと発展した。
なんとかして引っぺがそうとする相手と。
させじとヒシとしがみついては離さない千花と。
焦れた相手が布団の上からポフポフと叩いてくるも、効かん!
なぜならこれは通販で買った厚い羽毛布団だからだ。軽くてヌクヌク、防御力はかなり高いのである。
ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……
疲労感が漂う乱れた息づかい。
ウソ泣きもやめたようだ。
ここまでやったのだ。さすがにもう諦めるだろうと千花はほくそ笑むも、その時のことであった。
うわぁぁぁぁ~~ん。
まさかのギャン泣き。
からの逆切れにて、室内を飛び交うのは小物類や文房具に、本やノート、ハンガーにかけていた制服などなど。タンスやベッドに机や窓ガラスがガタガタを震える。ついでにピチャピチャと濡れ髪から水滴が飛び散っている。
ポルターガイスト現象!
そのせいで部屋が大荒れ。
さすがにこれは看過できない。
向こうが理不尽な逆切れで事態の打破を目論むというのならば、こっちもブチ切れで対抗するしかない。
ここで怯んだら勢いのままに押し切られる。
だから千花は枕に手をのばし、はっしと掴んだ。これで相手をぶん殴るつもりだ。
そうして機を伺っていたのだけれども、このタイミングでバーンと部屋のドアが開かれて、「さっきからごちゃごちゃと何事ですか、騒々しい! いま何時だとおもっているのですか? これじゃあ、おちおち深夜の通販番組を楽しめやしない」
一喝したのは富子さんであった。
よほど凄い剣幕だったようで、騒いでいた張本人は「ひぃいぃぃぃぃ、ごめんなさい」と、めっちゃ怯えていた。
にしても、夜更けに騒いで、動く市松人形から叱られる幽霊っていったい……
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